2.37

 ……


「ダンナ、起きてください。時間ですよ」


「……おぉ、富士。何時だ今は」


「夜の三時でございます」


「左様か」



 長く寝たせいか目覚めは良い。若干の酒は残っているが問題ないだろう。口内環境もばっちりと清潔。未だミントの清涼感抜けきらぬ爽快さ。




「じゃあ、行きましょう。荷物なんかもありませんね」


「あぁ。あ、ちょっと待て」


「どうかしましたか」


「やり残した事があるのだ。少しだけ時間を貰うぞ」




 灯をつけてメモとペン。走らせる執筆。「冷蔵庫の中身をよろしく」記載後に我がサイン。




「なんですかそれは」


「食べ物を無駄にしてはいかんからな。余りは照美に食べてもらえるよう書いたのだ」


「ご立派な意識でございますね。全部召し上がればもっとよかったのですが」


「言ってくれるな。私とて好きで残したわけではないのだ。その辺り、察してほしい」



 三代欲求といわれるものの中で一番誘惑的なのが睡眠欲求だと私は思っている。何故なら寝ないと死ぬからだ。死なないために、強烈に活動し求める。

 生きるにあたり性欲は必要ないし食事だって三日程度なくても死なん。計画的な断食であればむしろ長寿に繋がるだろう。だが断眠は駄目。削れば削るだけ脳にダメージが入り寿命が縮む。何も成し遂げられぬまま不摂生でお陀仏などしてみろ、末代までの恥となり我が家系の汚点として残る事請け合い。先祖に申し訳が立たん。まぁその場合私で末代となっている可能性が非常に高いわけであり、また、これから行う逃亡劇は既に末代までの恥となり得るだろうから今更感がある。


 ……私はこれから前を向いて歩けない人生を送るわけか。今更ながらに凄まじい後悔。生まれ変わったら酒は控えよう。そして今生は罪を忘れずに静かに生きていくのだ。犯罪者として、逃亡者として……!





「ダンナ、そろそろいいですか」


「あ、すまん。つい考え込んでしまった」


「まただ。移動中は勘弁してくださいよ」


「善処する」

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