動き出す悪者たち(第2幕・完)


 大祭司はため息混じりに答える。


「こともあろうに、高利貸しまがいのことをして糊口を凌いでいるらしい」


 パーティの四人は息を呑んだ。


「なんてことだ……」


「高利貸しですって?」


「恥知らずな男……」


 大祭司はうなずく。


「魔道教会の経典には『汝、利子を取るべからず、また支払うべからず』と書かれておる。本来であれば、高利貸しは立派な戒律違反だ。本来であればな! にもかかわらず、嘆かわしくも昨今では商人たちの間で利子付きのカネの貸し借りが蔓延(はびこ)っておる。法律で禁じられていないことを良いことに、やつらは戒律を守ろうとせんのだ!!」


 法律とは国王の決めたルールであり、戒律とは教会の決めたルールのことだ。


 百年前なら、この二つのルールに明確な区別はなかったという。

 しかし現在では、商人たちは戒律を軽んじるようになった。

 たしかに死後に地獄に落ちるかもしれないが、現世で戒律を破っても犯罪にはならない。

 異端宣告されない程度のちょっとした戒律破りは日常茶飯事だ。


 勇者はおろおろと口を開く。


「だ、大祭司様……。今からでも〝遊び人〟アルレッキーノに異端を宣告なさることはできませんか? ただのコソ泥がじつは異端者だったとなれば、たしかに捜査能力の低さを疑われ、教会の威信に傷がつくかも知れません。しかし――」


 勇者は青ざめていた。


「しかし、竜王を倒したパーティに恥ずべき高利貸しが混ざっていたとなれば、魔導教会の教えそのものが揺らぐのではありませんか? 高利貸しは〝聖なる魔道書〟の祝福を受けておらず、死後には地獄が待っているはず。にもかかわらず、竜王の攻撃で命を落とすこともなく、無事に生還することができた――。大衆がこれを知ったら、魔道書の教えそのものを信じなくなるでしょう! 魔道書に選ばれた国王陛下の権威も失われるでしょう! そうなれば、この国は崩壊します!!」


 俺に言わせれば被害妄想もいいところだが、勇者は本気だった。


 しかし大祭司は、首を横に振った。


「あの男に、異端は宣告しない――」


「パパ?」


「大祭司様!?」


「――する必要がないからだ」


 大祭司はニヤリと笑った。


 パーティの四人は、ごくりと唾を飲む。


「それでなくとも、魔道教会の教えは危機に瀕しておる。近頃では教会の戒めも恐れず、カネを貸し借りする商人が後を立たん。それどころか、教会よりもはるかに財を蓄えている俗人まで現れる始末だ。終末のときは近い。竜王の死により一時的に遠ざけられたとはいえ、この世界は終わりに向かっておる。教会が国王に威光を与え、国王が教会を庇護するという、何千年も続いてきた秩序が壊されつつある。穢らわしい商人たちのせいで! 〝遊び人〟は、この大きな問題の一端にすぎぬのだ!!」


 大祭司の演説に、四人は圧倒された。


「高利貸しで糊口を凌いでいるだと? いいだろう、ならばその食い扶持を奪ってやろう。汗を流して土を耕し、収穫を国王と教会に収めることこそが、民草にとっての幸福であることを思い出させてやろう。富の追求は堕落でしかないことを、思い知らせてやろう。たしかに準備には時間がかかる。指名手配などとは比べものにならぬほど手間がかかる。しかし、必ず――」


 大祭司は講堂の天井を見上げた。


 並んだ聖人の像に向かって、彼は誓った。


「身の程を分からせてやる! 〝遊び人〟の膝を地につけさせ、悔い改めさせてやるのだ!!」




   ◆


〝春の大市〟は大禍なく終わり、俺たちは予定通り二万六〇〇〇ゴールドを儲けることができた。

 詳しい決算は聞いていないが、ボッテのほくほくした笑顔を見る限り、〝踊る翼獅子亭〟は予想を上回る売上を達成できたらしい。

 俺は無事にマリアへと債務を返済し、彼女からの信用を得ることもできた。


 それからおよそ半年、俺たちは平穏な日々を送った。


 林檎半島で過ごす夏は、今思えば不気味なほど平和だった。


 俺は毎日昼過ぎに起きて、日没までアルパヌに読み書きを教えた。

 彼女は〝踊る翼獅子亭〟の仕込みや給仕を手伝うようになった。

 俺は月に一度のペースでマリアの城にアルパヌを届け、(半ば強制的に)〝精〟を補給させた。


 そして日が暮れると俺は酒場に入り浸り、客の商人たちを相手に小銭の貸し借りでこづかいを稼いだ。

 美味い飯を食い、美味い酒を飲み、たまに女を買いつつ、ダラダラと過ごした。


「――それにしてもご主人、博打を打たなくなりましたよね」


 チョークを走らせつ、アルパヌは言った。


〝秋の大市〟まで一か月ほどに迫った、ある日の午後だった。


 俺たちは海辺の木陰で残暑をしのいでいた。

 アルパヌは卓上サイズの黒板を胸に抱き抱えて、カツカツと音を立てながらチョークで文字を書き込んでいる。

 俺はその様子を眺めながら、ボッテお手製のサングリアを啜ってた。


 サングリアとは、ワインに果物を漬け込んだ酒である。

 夏の林檎半島では、収穫したばかりの桃を漬け込むのが伝統らしい。

 もう少し秋が深まり、林檎の収穫が始まれば(当然ながら)林檎のサングリアを飲むようになるという。


「博打なら今でも打ってるぞ?」


「えー?」アルパヌは黒板から目を上げなかった。「賭場に通っている形跡はありませんし、〝踊る翼獅子亭〟のお客さんたちが賭け事を始めても、ご主人は混ざろうとしないじゃないですか」


「その代わり、俺は客たちにカネを貸している」


「それって博打なんですか?」


「カネがちゃんと返ってくれば俺の勝ち。踏み倒されたら俺の負けだ。賭ける対象がサイコロやトランプじゃなくなっただけで、博打であることには変わりねえよ」


「そういうものですかねえ……? はい、完成です!」


 得意満面で、アルパヌは黒板を俺に差し出す。

 そこには俺の用意した算数の問題が並んでいた。

 赤いチョークを手に取り、俺は丸つけを始める。


「どーです? 九九を覚えたボクの前では、三桁の掛け算など敵ではありません!」


「七の段がまだ苦手なくせに」


「あやつは強敵です。いつか倒してやります!」


「まあ、思ったよりもよくできてる――」


 半分ほどまで丸つけを進めたときだった。


 俺たちの背後を数人の男たちが、バタバタと駆け抜けていった。


「――そんなお触れが? 信じられんな」


「本当らしいぜ。商工ギルドの連中も大騒ぎしている!」


「とにかく今は、詳しいことを知るほうが先決だ!!」


 脇目も振らず、男たちは町の中心部に向かって走り去った。


「……一体何事でしょう?」


 アルパヌは目をぱちくりさせながら、男たちの背中を眺める。


 嫌な予感がした。

 黒板を木の根元に立てかけて、俺は立ち上がる。


「俺たちも行ってみよう」



~~~~第2幕「薔薇の名前」〈完〉~~~~

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