2016 秋

授業終了のチャイムが鳴り響く。

高校1年の秋。

大嫌いな数学の授業から解放された喜びはどんな言葉でも表せない。

しかも、この後は昼休みだ。飯だ!

俺は陸上部、勇志は野球部だった。

斜め前に座っている勇志は既に弁当を食べ始めていた。

「食べ始めるの早いって」

俺は勇志の机に自分の机をつけると母の作った弁当を取り出した。

「正暉は腹がすかないのか!俺はこの時間の特に数学の授業は腹がへって仕方がない!」

丸坊主で顔が真っ黒に焼けた勇志は生粋の高校球児だ。

勇志は一年だが、次の秋の大会ではスタメン出場が決まっていた。


俺と勇志はどうでもいい話や、先生の愚痴、部活の近況などを語り合いながら弁当を食べた。

昼の放送が始まり、流行りのバンドの恋愛を歌った歌が流れると、勇志がニヤニヤしだした。

「最近どうなんだよ」

「どうって何が」

またもやニヤニヤする勇志。何としても俺の口から聞きたいらしい。

「まあ、順調だけど」

「はぁー、いいねぇー正暉は、中3の冬からだろ。2人でこの高校に入るために勉強してたよな。俺は1人図書館で勉強してて悲しかったぜ」

またその話か。と思いながらもちょっと照れくさい。

「今度某大型ショッピングモールにデートにでも行こうかなーって」

「ずるいぜ正暉!その言い方じゃ南にも北にもあってどっちかわからねぇーよ」

「野球部に偵察されたら困るからな。完全秘匿にさせてもらうよ」

「にしても、俺らの学年のマドンナが正暉の彼女だとはな。いつも先輩やら部活の同級生から聞かれるんだよ。どうして正暉なんだ?って」

「さすがに酷いだろ。というか、マドンナって幼なじみだろ俺たち」

「うん。確かにマドンナは言いすぎた。穂乃だな、ただの穂乃」

「それも酷い。俺の愛すべき彼女の穂乃だ!」

爆笑する勇志。確かに調子にのって言い過ぎてしまった。

俺はこの時、舞い上がっていた。常に有頂天だった。


高校に入ってすぐ、俺たちの幼なじみ葵田穂乃はどのクラスの男子も狙っていた。しかし、俺が中3から付き合っていたのだ。

それを知ったクラスの男子いや、学年の男子いや、全校の男子が俺に嫉妬していたかもしれない。

別に格段イケメンでもない俺が、調子に乗りすぎた。天罰は10月19日に下った。

それは予兆もなく、突然だった。


19日は水曜日。陸上部は部活がなく、穂乃の所属するバドミントン部は練習が少し早く終わる日だった。

俺はいつものように、部室棟の裏で穂乃を待っていた。

今日はどんな話をしようか、某大型ショッピングモールは村の南と北どちらに行こうか、新人戦は出場できそうか、色々知りたかった。

幼なじみで、保育園からずっと一緒で小学校の頃は毎日公園で遊んでいた。中学でもクラスは一緒で、ときおり変なウワサを立てられた、そして成り行きで付き合い始めたのだが、やはり穂乃は素敵だ。

未だに話題は尽きない、恐らく結婚するだろうと思っていた。


6時15分頃、着替えを終えた穂乃が部室棟の2階から降りてきた。

「おつかれ!」

俺が手をあげ呼びかけるが、反応が薄い。

「疲れてる?」

「ちょっとね。帰ろ」

素っ気なくされてしまった。しかし、こんな風に機嫌が悪い、もしくは何かが考えている穂乃は見飽きるほど知っている。

俺は、穂乃の様子を伺いながらも帰路についた。


その日の彼女の表情は暗かった。秋になって日も短くなってきて、この時間はかなり暗かった。その周囲の暗さが彼女の表情をますます読み取りにくくした。

部活で起きた取っておきの笑い話をしても、授業中の珍事件について話しても穂乃の返事は「うん」「へー」「そっか」だけだった。


桜城公園についた。いつもは公園のベンチで少し話して、少し方向が違うが穂乃を家まで送り、帰宅する。

ベンチに座ると話を切り出したのは穂乃だった。

「あのね、正暉に言わないと行けないことがあるんだけど」

まさか、雲行きが怪しい。そう思った時には既に全てが終わっていた。

「私、正暉に対する好きが、ラブなのかライクなのか分からなくなった」

「ラブ?ライク?」よく分からなかったので、うわずった変な声が出た。

「それでね。私たち別れた方がいいかも」

「ワカレル?」

「そう。別れる。ごめんね急で。今までありがとう。これからも友達でいてね」

そう言うとリュックを背負い直し、歩き出してしまった。

「家まで送ろうか」

俺の呼び掛けに一瞬立ち止まった穂乃だったが「今日は大丈夫!」と意志を持って答えられてしまい何も言えなかった。


なぜか時計を見た。6時半。

「ドッキリじゃないよな」

星空を見上げながら、ポツリと呟いた。

ベンチからはシダレザクラが見える。

葉は枯れて、半分程落ちている。俺の心のようだ。そんな事を思っている自分がアホらしく思えた。

しかし、シダレザクラの中に花が咲いているように見えた。

まさかと思い、目をこらすとやはりピンクの綺麗な花が咲いていた。

「慰めてくれてるのかな」

涙が流れ落ちそうだった。

穂乃との恋はあっけなく終わった。


帰ろうをして、公園を出ようとした時遠くに人影が見えた。

もしや穂乃が?そんなわけないが少しその人物に近づいてみた。

しかし、予想外の人物で俺は後退りした。

「や、山男」

そこに居たのはボロボロのコートをはおり、髭を伸ばした大男だった。

近くの山で暮らしているらしく、月に数回村でも目撃される、俺たちは山男と呼んでいた。

「こんばんは、さよなら!」

俺は早足で公園を離れた。

ほんとに最悪な日になってしまった。


これは後に知ったことだが、穂乃は10月の第一週にあった文化祭で2年でバスケ部のエースのイケメン先輩に告白されてしまったようで、簡潔に言えば俺は捨てられてしまったらしい。

翌年の文化祭のコンテストイベントなるもので、穂乃とイケメン先輩カップルが最優秀賞を取ったことも俺の心を傷つけた。

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