第6話 地上への階段、禁断の

 ゴブリンたちは夜明けを待った。


 眠たい目をこすりながら、集結する。

 小・中・大。

 背丈の分かれたゴブリン3人が立ち並ぶ。

 ザクロ、ボンタン、ハッサク。

 地中にもうひとり。モモ。

 毛むくじゃらのコボルトも一緒。リンリン。


 旅の仲間が集結したその場所は、禁断の道。

 昼の世界へと通じる、長い長いのぼり階段。

 本来は三日月の夜にしか登ることを許されていない地上への出口だった。


 夜の間は大王直属の警備が目を光らせるこの道も、太陽が顔を出す頃には手薄になる。

 体内時計サーカディアン・リズムに歯向かって昼更かしするゴブリンなど、ほとんどいないからだ。


「本当にいいんだな、ボンタン?」


 階段の一段目に足をかけて、ザクロが言う。


「くどいぜ、ザクロ。行くったら、行くんだ。レッド・キャップなんて怖くねえ。昼の光なんて怖くねえ」


 答えながら両手に一本ずつのシャベルを握りしめるボンタン。

 刃先が小刻みにがちゃがちゃ鳴っている。

 手の震えのせいだった。


「ねー。ねー。地上に出たらさ、出たらさ。いつでも果物おいしいのかな? 三日月の夜じゃなくてもおいしいのかな? でもさ。でもさ。昼の光を浴びると僕ら力が弱くなっちゃうんでしょ? 大丈夫かな。食欲も弱くなっちゃうのかな」


 ハッサクは的を射ているような的外れなような心配事を口にする。

 カンカカアン、モモが岩を叩いて返答した。

 通じていないはずなのに、うんうん、とうなずくハッサク。


 リンリンは包帯をほどく。

 血は完全に止まっていた。

 痛みもほとんど残っていない。

 疼くようなかゆみを発する傷口を、ぺろりと舐めた。


「さあ、出発だ」


 ザクロが仕切り、階段への一歩を踏み出した。

 上階から射し込むほのかな朝日が、彼の肌をちりちりといた。

 怯むことは許されない。

 先頭を歩くものとして。

 堂々たる背中を見せ続けなければならない。


 ザクロは地上への階段をのぼっていく。


 そのあとに、ボンタン、リンリン、ハッサクが続いた。

 モモは見えない岩の中、土の中を泳いだ。


 階段をのぼっていく。

 ゴブリン達の平べったい足が岩肌を滑っていく。


「この道。地上まで。まっすぐ?」


 のぼりながら、リンリンが尋ねた。

 四つ足になっている。

 肉球のついたコボルトの足ではバランスをとりにくい悪路だった。

 三日月の晩以外に出番がないせいもあって、地上への道は帝国でも際立って荒廃している。

 不揃いな、でこぼこ階段。


「そうだ、昼の世界への最短ルート。ゴブリンしか知らない秘密の坑道あなみちさ。リンリンは来るとき、ぐねぐね曲がる迷路みたいなとこを辿ってきたのか?」


 ザクロが振り返りつつ答えた。

 リンリンは黙ってうなずく。


「はっ、よく辿り着いたな! 奇跡に近いぜ。地上の魔物って闇目が利かないんだろ?」


 ボンタンが両手のシャベルをノルディック杖のように操りながら笑う。


「コボルト。匂い。わかる」

「確かにな、でも奇跡に近いってのはボンタンの言う通りかもしれない。地下には地下の住人にしか分からない危険が潜んでいる」


 ザクロは再び前を向き、歩みを速める。


「ザクロー」

 最後尾のハッサクが声をあげる。

「ってことはさ、ってことはさ。地上には地上の住人にしか分からない危険が潜んでいるってことー?」


 カカカカァン!


 その問いにザクロが答えるより早く、モモが叩岩音ノックで警告した。


「止まれ! 地震がくる!」


 ザクロが声を張り上げ、一同は急停止する。


 二秒。

 三秒。

 間があって。


 地響きがどどどど、

 遠くからどどどど、

 這い寄ってくるどどどど。


 揺れどどどど。


 最初はどどどど、

 ゆっくりとどどどどど。


 次第にどどどどど、

 はげしくどどどどどど。


 どどどどどどどどんどんどんどんどんどんどんどんどががどががどががどががどががががががががががどんがらがんどんがらがんどんがらがんどんがらがんどんがらがんどんがらがんどんがらがんどんがらがんどんがらがんどんがらがんどんがらがん。


 闇の、

 洞窟、

 壁が、

 天井が、

 空気が、

 弾けるように、

 揺さぶられる。


 ゴブリンたちは両足を踏ん張り、石頭をできるだけたいらに保った。


「リンリン! ハッサクの下に! 隠れて!」


 ザクロがそれだけ叫ぶ。

 リンリンのふわふわした毛並みをハッサクが抱きかかえるのを見届けて、あとは落石を頭で受けるのに集中する。


 巨大な岩の塊が次々と弾けて落ちる。

 足の上に落とさないように、落とす方向を振り分けていく。

 揺れる不整地では骨の折れる動作だった。


 ボンタンもハッサクも、同じように。命を守る作業に集中する。

 ボンタンの頭は他のふたりよりも柔らかくて、三発目から目を回らせていた。



 やがて、地震がやんだ。



 ザクロとハッサクは石頭に積もったほこりや破片を手で払い落とした。

 ボンタンは力尽きるように座り込む。

 リンリンがハッサクの腹から抜け出てきた。


「ま、少なくとも」

 ザクロが口の端を持ち上げる。

「落石に注意しなきゃいけない機会は減るだろうよ、地上に出たら」




 そんなことよりお腹すいた、とハッサクが訴えたのをきっかけに朝食休憩がはじまった。

 落ちてきた岩をどかし、みんなで輪になって座る。


 眩暈めまいのおさまったボンタンが、王室からくすねてきたリンゴを配ってまわる。


 大王たちが食べてるくだものってどんなだろう、とハッサクは心躍った。

 そして、落胆した。

 アケビばばの店で見るのと変わらぬほどに、しわくちゃだった。


「地震。なぜ、わかった?」


 リンリンが不味いリンゴに顔を歪めながら、地面を叩いた。

 地震を予知した警告について、モモに問うていた。


「モモは、ゴブリンの中でも特別なんだ」


 言葉を発しない彼女に代わって、ザクロが答える。


「特別?」

「うん。青い炎が見える」

「青い?」


 カカァン、と岩を叩く音。


「残念! それ以上は秘密だってさ。恥ずかしがり屋なんだ、モモは」


 ザクロはそう言い切って、リンゴをまる飲みした。

 味わうことを放棄した技だった。


「じゃあ今度はこっちが訊く番だ、リンリン」

 ボンタンが会話の隙間を縫って種を吐いた。

「お前の仲間はどこに捕らえられている? レッド・キャップは全部で何人だ? 敵の大将はどんなやつだ?」


 リンリンはしばらく考え込む。

 彼女の言語化能力には、やや過負荷な矢継早やつぎはやの質問だった。


「どこ。寺院」

「寺院っていうと、果樹園の向こう側の、あの寂れた教会か?」


 ひとつ目の解答の途中で更に質問を重ねられ、リンリンがうろたえる。


「ボンタン、少しこらえろ」


 ザクロがたしなめた。

 リンリンが続ける。


「寺院。つかまってる。ゴンゴン。キャロル。ブライアン。つかまってる。レッド・キャップ、3人」

「3人だけ?」

「ちがう。もっと。レッド・キャップ、たくさん。寺院、3人。あと、古城。石づくりの。そこ、たくさん」


「魔王城か!」


 ザクロとボンタンが同時に叫んだ。


「魔王城?」


 リンリンとハッサクが同時に首を傾げた。

 ザクロが説明する。


「ずーっと昔、ゴブリンを地上から追い出した人間の王が住んでいた城だ。俺たち魔物にとっての魔王。だから、歴史を知るゴブリンたちはあの城を魔王城って呼ぶんだ」

「えええっ!? ゴブリンって、人間に追い出されたの? 不秩序な地上からノームが引き離してくれたんじゃないの?」


 ハッサクの驚きに、ボンタンがせせら笑う。


「お前、そんなおとぎ話まだ信じてんのかよ。さすが、うすのろだなー。ゴブリンたちが毎日まいにち家畜を盗むわ果樹園を荒らすわ、いたずらばっかりしてたから、しびれを切らした人間たちと戦争になったんだぜ」

「で、負けて地下に押し込まれた。これもどこまで正確な伝承かわかんないけどさ。俺もアケビばばに訊いた話だし」


 ほえー、知らなかったー、と感嘆するハッサク。

 リンリンも驚いた表情を浮かべている。


 カカカァン。

 モモが急かすような音を鳴らした。


「そうだな、モモ。そろそろ行こうか」


 ザクロは尻を持ち上げた。

 不安定な足場の上で、きれいに仁王立ちをしてみせる。


「みんな、再確認するけど、これはリンリンの仲間を助けるための冒険だ。その仲間には、コボルトだけじゃなくて人間も含まれている」


 全員の顔を見渡す。

 真剣に、ザクロの話に耳を傾けていた。


「ゴブリンは、人間が嫌いだ。それにはさっき言ったような歴史が関係しているのかもしれない。でもゴブリンは、人間の作るものが大好きだ。まろやかなミルクが飲みたいし、ふっくらしたリンゴが食べたい」

 うんうん、とハッサクが力強くうなずく。

「人間が嫌いでも、人間にはいてもらわなきゃ困る。それに、昨日いったとおり、このまま放置しているといずれレッド・キャップはゴブリンを襲ってくるにちがいない。人間を助けて恩を売る。そして協力して、レッド・キャップを撃退する。きっと歴史に残る大仕事になるぜ。気張っていくぞ!」


 おおっ、と魔物たちは小さなときをあげた。

 その声は古びた坑道にこだまする。



 反響は徐々に大きくなり、ザクロたちに大軍勢の幻を見せた。

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