第10話

「お兄ちゃん、スパーリングしない?」

 サイカから突然通信が入って来た。

「スパーリング? 誰と?」

「もちろんわたしとよ」

 サイカがイライラした声で言う。ストレス溜まってそうだなー。

「やめておく。お前はただ誰かを殴りたいだけだろ? カイナに頼めよ。二人でスパーリングすればいいだろ。ラブラブスパーリング」

「カイナとはやりあきちゃったわよ。しかも本気で相手をしてくれないし」

「ヤリあきちゃったのか……」

「わたし退屈してるのよ。お兄ちゃんが外出禁止にしてるせいでしょ! 責任とってよ!」

 めんどくさい。

「じゃあいいよ。スラムに行って来いよ。外出禁止は解(と)いてやる」

「ほんと? カイナも?」

「バカ! カイナは無理に決まってるだろ!」

 俺は言った。

「それじゃあ意味がないでしょ! お兄ちゃんこそバカじゃないの?」

 だんだん腹が立ってきた。

「お前ぶん殴るぞ」

「かかってこいオラ!」

 サイカ姉さん相変わらずテンションが高い。しかし俺も、少しだけやる気が出てきた。

「じゃあちょっとだけな? ちょっとだけだよ?」

「すぐに眠らせてやるよ」

 挑発も上手い妹。

「それじゃあネットのアリーナに10分後な」

「BGM(ビージーエム)はレッチリだからね」

 ゲ、マジかよ。だけど負けないぜ。

 市民で俺とまともに戦える相手は、近所だとキダ君くらいだろう。キダ君にしても狙撃タイプだから、単体では大した戦闘力を持っていない。貴族には叶わないとは思うが、俺はオヤジに昔みっちり仕込まれている。腕には割と自信がある。

 アリーナに入ると、街の人間たちが大勢見物に来ていた。みんなヒマだなー。

「ケイスケ! 実況よろしく!」

 俺は首の骨を鳴らしながら言った。

「みなさんお待たせしました! 因縁の兄妹対決(きょうだいたいけつ)今再び! カジハルさんとサイカさんの戦いは、えー手元の記録によりますと、5ヶ月と18日ぶりになります。前回の結果は1分44秒、カジハルさんのノックアウト勝ち。余裕の勝利でした。実の妹に対するあまりの仕打ちに、街の女性陣からたくさんの非難の声が寄せられました!」

 街の人間も楽しみが少ない。ネットでの模擬戦闘は、賭けの対象にもなっている。レベルが低くてつまらないので、俺は最近ご無沙汰していたが。

「ところで今のチャンプは誰になってる? ケイスケ!」

「本日のオッズはカジハルさん1.7倍、サイカさん17.8倍。勝負は制限時間無しの一本勝負となっております。なお、一度賭けられた金額は、いかなる理由でも払い戻しは致しかねますのでご了承ください」

 俺が1.7倍? ずいぶん舐められたもんだ。サイカの倍率も低すぎるだろ。せいぜい50倍ぐらいが妥当な線だ。絶対に俺は負けないし。

「おい! 今のチャンピオンは誰なんだよ! サイカの次に相手してやる。ついでだ!」

 俺はまた大声で叫んだが、歓声に声がかき消される。と言っても音声通信はケイスケに確実に届いているはずなので、奴はあえて無視しているわけだ。あの野郎!

「さあみなさん、チャンピオンの登場です!」

 ケイスケがボリュームを上げて叫び、激しいロックミュージックが流れだした。レッチリかよ! ということは、サイカが今のチャンピオンかよ……。


 俺は微妙に焦っている。サイカの動きが速過ぎる。目で追いきれない。いつの間にこんなに速くなったんだ? とりあえず防御の姿勢を固める。

「亀みたいに守ってたら、いつまでも勝負がつかないわよ?」

 サイカが俺の耳元で嬉しそうに言った。その瞬間に俺は盾をブン回して攻撃したが、かすりもしない。こりゃマズイ。

「えー。チャンピオンの経歴をご紹介いたします。サイカさん、17歳。通称「キラキラサイカリン」。泥棒(シーフ)タイプ。美しい容姿と残酷な戦闘スタイル、そして恥ずかしいリングネームで現在絶賛売り出し中。数々の猛者(もさ)を撃破しております。先日はスラムにて、東東京(ひがしとうきょう)地区選手権タイトル獲得。実力と共に人気も急上昇中であります」

「恥ずかしいリングネームってなによ!」

 サイカが腕を振り上げて怒っている。間違いなく恥ずかしいだろ。

「サイカ、スラムでタイトル取ったか。たいしたもんだ」

 俺は盾を消して、棒立ちになって言った。

「お兄ちゃんがサボってる間、私はずっと訓練してたんだからね。それぐらい余裕よ」

 高速で移動しながら、サイカが言った。

「こそこそ逃げまわってないで、かかって来いよ! ほら、お兄ちゃんは丸腰だよ」

 両腕を広げて挑発する。

「言われなくても!」

 凄まじいスピードで軌道を変えながら、サイカが迫ってくる。動きを目で追うのではなくて、パターンを読む感じ。1対1のカンを取り戻してきた。

 ズバッとサイカが斬り込んできた。ナイフを使っている。殺す気か。返す刀でもう一度、これは軌道が完全に読める。俺はサイカの手首をつかんだ。重ねて盾を出現させる。名づけて「矛盾(むじゅん)」。

「ディフェンダーの真髄は、盾を出し入れするところにあるんだってさ。オヤジがよく言ってたよ」

 俺は妹の額にデコピンして言った。サイカは速い分、パワーが無い。体にハマった盾を、1ミリもズラすことが出来ない。

「早く参(まい)ったって言えよ……」

 悔しそうに暴れている妹を上から見て、俺は呆れて言った。

「クソクソクソ! 参ったわよ! はやく外(はず)しなさいよ! このクソ盾(たて)!」

 一生このままにしておくというのは駄目だろうか。

「カジハルさんの勝利! 一瞬の決着でした~。さてみなさん、次はメインイベント。カジハルさんがさらなる強敵に挑戦だ~」

「ケイスケ、いい加減にしろよ。俺は背骨を折ったばっかりなんだからな!」

「あと三回ぐらい死ねるって、ドクターが言ってるぞ~」

 ケイスケが吹き出して笑った。

「お前な!」

「俺じゃないですよ! ドクターが言ってたんですからね~」

「相手は誰だよ」

「アリーナの歓声をよく聞いてみてください。カジハルさんを呼ぶ声はもちろんあります、でも他に、何か聞こえませんか?」

 ……なんとカイナの声がコールされてる。観客は、俺とカイナの対戦を要求しているわけか。

「いつの間に有名人になったんだ、カイナは……」

「サイカさんの相手をアリーナでしてたんですが、スラムのチャンプをまるで子供扱いでしたからね。街のみんなが注目してます。現在のオッズはカジハルさん3.4倍。カイナさん4.8倍となっております」

 もうオッズまでついてるのかよ……。

 俺とカイナが戦うのは色んな意味でマズイ。俺は手加減できるほど器用じゃないし、カイナが本気を出したら、素性がバレる可能性もある。

「ちょっとみんなに話すぞ。マイクにつなげろ」

俺はケイスケに言った。

「了解です……マイクオンライン、オーケーです!」

ケイスケが嬉しそうに言った。

「えーみなさん。期待を裏切って申し訳無いんだが、俺は今日はもう戦えない。誠に申し訳ない」

 そう言った途端、ものすごいブーイングが会場に巻き起こる。盛り上がってるなー。

「ちょっと聞いてくれ! みんなちょっと静まってください。俺は傷が治りきってないんだよ。数日前にスラムの上空で、貴族とニアミスしちまった。その時怪我しちまってな。全力は出せない状態だ」

 ブーイングがスーッと鳴り止んだ。ま、少しは免疫系のお仕事ぶりを、アピールしておくのも悪く無いだろう。

「そこで提案だが、ケイスケが密かにプログラムしてる、戦闘AI(せんとうエーアイ)と戦ってもらうのはどうだ?」

 ワーッと歓声が巻き起こる。

「ちょっと待ってください! なんでそれをご存知なんですか? カジハルさん、まさか僕のメインフレームにハッキングかけたんですか?」

「俺がハッキングなんて無理に決まってるだろ。ドクターがやったんだよ!」

 俺は言ってやった。ケイスケにカウンターを食らわせてやった気分だ。

「出せるんだな?」

「わかりました……。みなさんお待たせしました。カイナさん、拙いプログラムですが、相手をしていただけますか?」

「もちろん」

 爽やかにカイナが答えた。カイナが喋るたび、キャーキャーと女の声がウルサイ。

「プログラム名『レジェンド・オブ・コウダイ』バージョン8。みなさんご存知の、この街の創設者、コウダイさんの戦闘データを再現したものです!」

「オッズが出ました! 『コウダイ』2.7倍。カイナさん8.9倍。まもなく試合開始です!」

 これどうなるの? カイナが空気を読んでコウダイに負けるのか。それとも勝負を演出して、コウダイに勝つのか。カイナが本気を出したら、AI(エーアイ)ごときに負けるはずは無い。非常に悩ましい。ギリギリまで悩んで、俺は「コウダイ」に今月の酒代を全部賭けた。たのむぞカイナ! 空気読めよ!

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