十一章 鬼畜の鬼 怠婆
皆が寝静まった真夜中、雪奈はそっと客室を抜け出すと庭に出て夜空に浮かぶ星々を見詰める。
「……汚れ役は慣れているから気にしなくてもいいのに。それとも僕が一人で心を痛めているとでも思った?」
するとその時背後から誰かの足音が聞こえてきて彼女はそちらへと振り返りもせず口を開く。
「忍……」
「……」
そう呟き振り返るとそこには腕を組んで佇む忍の姿があった。
「僕は千代達と違って非道だからね。あいにくとそんな事で心を乱す感情は持ち合わせていない」
「俺達と違って戸惑うことも迷うこともない。戦いに慣れているようだったが」
「まぁ、確かに鬼やら竜やら何やらかんやらと色々なモノと戦ってきたからね」
雪奈の言葉に彼がただ静かな声で問いかける。それに彼女は小さく笑い答えた。
「君は一体何者なんだ。俺達を榊󠄀の森へと見事連れ出し異世界に連れ込んだ。本当は、こちらの世界の人なのか」
「僕が何者であるのか分かった時如何するつもり?」
忍の問いかけには答えずに逆に聞き返す。
「……君が千代達に害成す存在ならば、放ってはおかない」
「……」
彼がそれだけ告げると立ち去っていく。その後ろ姿を見詰めていた雪奈は小さく笑む。
「相変わらずだね……」
そう呟くと今度は柱の影へと視線を投げかけた。
「盗み聞きは感心しないよ」
「すみません。励ますのは俺ではなく忍の方のが上手だと思いましてね」
彼女の言葉に柱の陰から現れたトーマが微笑み答える。
「僕は気にしないんだけど」
「えぇ。雪奈さんは昔から孤立するのが得意でしたから。ですから俺も忍もそして風魔も心配しているんですよ」
「風魔には何でもお見通しな気がしてくる。記憶はないはずなんだけどね」
雪奈の言葉に分かっているだからこそだと語る彼に彼女は小さく溜息を吐き出した。
「明日、如何するおつもりですか」
「千代達が出来ないなら僕がこの手で……葬ってあげるよ」
「……また、一人で「罪」を背負い込むおつもりですか」
問いかけたトーマへと感情の読めない顔で彼女は淡泊に放つ。その言葉に彼が小さく溜息を吐き出した。
そうして夜は更け朝を迎える。目覚めた皆が皆雪奈へと視線を向けた。
「どうしても鬼若を倒さないといけない? あんなに善い人を……」
「昨日と同じだよ。鬼は倒さなければならない敵なんだ。君達が出来ないなら僕がやる」
「雪奈、お願い待って!」
千代の言葉に彼女は淡泊に答えると鬼若のいる部屋へと向かおうとする。その背中を彼女が呼び止めた。
「っ……この気配は」
瞬間感じ取った殺気に雪奈の表情が変わる。途端に遠くから破壊音が聞こえてきて館が揺れ動く。
「な、何だ?」
「どうやら招かれざる客のお出ましのようですね」
柳の言葉にトーマも目を細めて呟いた。
兎に角音の聞こえた方へと急ぎ駆けつける。
「酒呑童子様よりこの辺り一帯を任されておきながらこのありさま……鬼の風上にも置けない劣悪な鬼はこの俺様が成敗してくれる。町ごとお前を消し去って俺様がこの辺りを納める。くくく……この鬼畜の鬼、
「くっ。……この町に手出しはさせない。私の命に代えても……」
聞こえてきた声に皆の足は速くなりようやく部屋へと飛び込む。
「鬼若!」
「あぁ? まずはあいつ等から一掃してくれるわ」
「私の客人に手出しするな」
千代の声にこちらに気付いた怠婆がぎろりと睨み付けてくる。その様子にまるで隔てるように前に立ち鬼若が言い放つ。
「人間が客だと、はははっ。笑わせる! そんじゃお前から死ね」
「っ……」
「雪奈、見てないで助けないと」
鬼通しの戦いに千代が鬼若を手助けしようと言う。
「……」
「雪奈!」
しかし彼女は動かずにただ黙ってやり取りを見詰める。
「弱っちい! 弱っちい!」
「……私が何故鬼若と呼ばれているのか知らないとは言わせない。私は……一度鬼と化したら手が付けられなくなる。貴様と相打ちになる覚悟はあるんだ」
怠婆が蒼い髪を振り乱しながら剣で攻め続ける。その攻撃を受け止めながら彼が言うとその瞳の色が赤く染まった。
「はぁあっ!」
「ぐぅ!?」
「ぐっ……ぅ……はっ!」
剣を振りかぶると相手は一瞬斬られたことで息を漏らすもその剣を鬼若の心臓へと深々と突き刺す。その痛みに顔をゆがめた彼だがここでやられてなるものかと気合だけで立ち相手へと深手を負わせる。
「鬼若、君の意志は僕が継ぐ……怠婆、輪廻の果てで還れ」
「ぎぁああっ!!」
背後から雪奈の声が聞こえてくると怠婆の心臓を緑に煌く刃が貫く。途端に断末魔の悲鳴をあげて相手は灰となり消え去る。
「……鬼若」
全てを見届け安堵するとふらつく鬼若に千代が駆け寄る。
「……これで、残す鬼は毒霧の
「鬼若!」
彼は譫言のように呟きながら事切れる。崩れ落ちる彼を抱きとめようとした途端灰となり消え去る。その様子に千代が悲痛な声で叫んだ。
「大丈夫……君の魂は綺麗だ……次に生まれ変わった時は……」
雪奈はそっと呟き緑石に手を添えた。途端に緑の淡い煌きが鬼若の魂を癒し天へと還した。
「ふえ、ふえぇ~~!!」
「赤ちゃん?」
急に聞こえてきた泣き声にそっち等へと向かうとベッドの上で目が覚めたばかりの赤子が喚いていた。麗が不思議そうに目を瞬く。
「……」
「おい、雪奈。そいつは鬼の赤ん坊だろう」
抱き上げる雪奈の様子に柳が待てといいたげに止める。
「人間の赤ん坊だよ。きっとどこかで身寄りのない赤子を哀れに思い鬼若が連れて帰ったんだ。育てるつもりでね」
「本当に善い鬼だったのね」
「それで、その赤ん坊如何するつもりなんだ?」
彼女の言葉に鬼若の死に涙する胡蝶が呟く横でサザが問いかけた。
「知り合いに預けてくる」
「え? 知り合いってこの世界に知り合いがいるのですか」
淡泊に放たれた言葉に布津彦が驚いて尋ねる。
「トーマ後の事はよろしく」
「承知しました。さぁ、皆さんここにいつまでもいるわけにはまいりません。空船へと戻りましょう」
赤ん坊を抱いたまま歩き去っていく雪奈は淡泊に放つと、心得ていると言わんばかりにトーマが皆を促し屋敷を後にした。
「さて、と。ここまで来ればいいかな」
屋敷の奥、人の気配を感じないそこで周囲を見回し誰もいない事を確かめると緑石に祈りを込める。
『時を紡ぎ、時を
そう唱えると足元に緑色の魔法陣が現れ彼女と赤ん坊は忽然とその場から姿を消した。
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