02

休日はあっという間に過ぎ、月曜日が始まった。


あたしの仕事は老舗の食品メーカーのチョコレート工場だ。


内容は、製造作業補助、梱包仕分け、簡単な清掃をしているいわゆる誰でもできる仕事である。


大学卒業後に就職活動に失敗したあたしが入れた唯一の職場で、給料は安いながらもなんとか暮らしている。


工場にはあたしのような地元に帰りたくないという理由から卒業後に関東に残って働いている女性も多く、居心地はそこまで悪くない。


「ねえ立村たちむらさん。今度皆で飲み行こうって話が出てるんだけど、行かない?」


職場でも飲み会がある。


こちらは友人たちとは違い、少人数で女子だけで集まるものでそれほど多くはない。


「いいですね。また朝までカラオケとかですか?」


「今回はね。なんとホストクラブデビューしちゃおうかって話になってるんだ」


ホストクラブと聞いて、あたしは断ろうと思った。


いつもは空気を読んで参加していたけど、あたしのような人間がホストクラブへ行っても楽しめるはずがない。


それに何よりもお金がかかる。


「いやあたし、そういうのはいいですよ……」


「えッなんで? 初回は安いし、イケメンいっぱいいるよ」


「いやいや、あたしイケメンに興味ないんで。いつものとこなら行きますけど」


「大丈夫だって、皆初めてだし。社会勉強だと思ってさぁ」


結局断れず、次の週末にホストクラブに行くことになってしまった。


あとで改めて断ろうと思ったけど、ネットで調べてみたら初回は一、ニ時間で千円から三千円で飲み放題。


もちろん店にもよると書いてあったけど、いつも行っている居酒屋よりも安かったので、まあいいかと参加する事に決めた。


そして当日。


駅で同僚たちと待ち合わせて電車で都内へと移動した。


皆いつものカジュアルな服とは違い、いかにも夜の人のような露出の多い格好をしている。


こういうのも楽しみの一つなんだろうけど、あたしはいつも通りのパーカーにストレッチパンツスタイルだ。


ホストクラブというのは疑似恋愛を楽しむところなのだから、浮かれた格好をするのもわかる。


でもあたしにとって恋愛は、人生の中でも大して重要なものではない。


学生時代から皆が恋の話で盛り上がる中で、あたしだけが冷めていた。


似たような髪型に似たような服装で着飾り、女らしさを追求する女たち。


正直、あたしにはくだらないとしか思えない。


女は可愛く美しくいなければいけない。


女は男に愛されなければいけない。


実に滑稽。


自分らしくいれればいいじゃないか。


今の時代、贅沢さえしなければ給料が安くても女一人でそれなりに楽しく生きていける。


最悪生活保護を受ければいい。


いくら綺麗な男を見たって、出会ってすぐに恋に落ちるなんて理解できない。


昔の歌にハート泥棒なんてものがあったらしいけど、心を盗まれるなんて感覚はわからない。


ともかく面倒な恋愛なんてあたしはごめんだ。


「ここだよ。キラキラしてていいね」


店に着いた。


あたしの感想は同僚とは違って嫌悪感しか出ない。


派手な看板から階段を降りて扉を開けると、どこぞの国の王子様かのような風貌の男たちの写真が目に入った。


そして慌ただしい店内には、その写真の男たちがにこやかにテーブルについている。


あたしから見ると服装は似たような男が多いけど、髪の色などは個性を出したいのか、まるでかき氷かと思うほど色鮮やかだった。


そんな男たちと照明のせいもあって、キラキラというよりギラギラだ。


「ヤバくない! みんなマジで超イケメンばっかだよ」


料金システムの説明と、ドリンクと男性のメニューを渡されて、同僚たちは盛り上がっていた。


それからどんなタイプの男が好きかを訊かれ、恥ずかしそうにはしゃいでいる。


どうやら渡された端末に映る男にタイプがいれば呼び出せるらしい。


同僚たちは決めていたけど、あたしはタイプの男なんていないので普通でとお願いした。


それから苦痛の時間が始まった。


代わる代わる男たちが現れ、それぞれ個性的なキャラで最後に指名してほしいと言ってくる。


なんでもホストクラブには、初回来店時は十分程度の一定時間でホストを交代させながら、複数のホストがついてくれるシステムがあるようだ。


見た目だけでなく、接客態度や会話術など相性のいいホストを女性客に見つけてもらうためのものらしい。


退店するときに、今日一番気に召したホストは誰かと訊ねられ、ここで気に入ったホストを伝えると、店が入っている階のエレベーターの前、あるいはビルの玄関口まで指名したホストが見送りをしてくれる。


その話を聞いたあたしは必死だなと思いながら、次々と現れる男たちを相手にして疲れ切っていた。


同僚たちは楽しそうだったけど、困った。


全然楽しくない。


椿つばきです。よろしくお願いします」


そんな王子様たちとは違い、あたしと同じパーカー姿の人が現れた。


ピアスこそしているが髪も黒く、このホストクラブ中ではわりと普通の格好をしている男だ。


美桜みおちゃん、楽しくない? ごめんね、俺って面白い話できないから」


「いや、あたしってこういうの苦手っていうか、正直ホストクラブってよくわかんなくってさ」


「だからなのかな。俺もこの店に入ったばかりで……。その、なんていうか美桜ちゃんってなんか話しやすい」


「あたしも……。椿くんって他の人と違ってギラギラしてないから、なんか話しやすいよ」


椿と名乗った彼とは、なぜか普通に話せた。


彼は他のホストのように無駄に私を褒めることなどはせずに、互いのことを簡単に話し合うだけだった。


それでもなんか楽しかった。


気を遣わずに自分のことを他人に話すなんて久しぶりだ。


「まさか俺を選んでくれるとは思わなかったよ。ありがとう! あとで連絡するね」


「う、うん……」


この日にはあたしは、椿と連絡先を交換して彼を送り指名にした。

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