第2話 序盤のヘイトキャラがヒロインを馬鹿にしました。さあ、どうする? 怒る。


「さ、ぼけっとしてないで行くわよ、グリス」

 

 エメラルドのような鮮やかな髪を揺らす少女、エイルが言う。

 

 突然の転生(?)で戸惑っていたが、やることが見えてくれば、ひとまずはそこを目指すしかないだろう。


 ――ソルティルを救う。今の目的は、これだ。


 なんというか、ゲームで『目的』が表示されるやつ。

 『西の街へ行け』、みたいなね。


 終盤で『世界を救え』とかになると熱いよね。




 

「いよいよだね……やっと、私達の夢が始まる」


 エイルが噛みしめるように、言葉をこぼした。


 俺の脳裏に、ゲームのシナリオが浮かんでいく。


 エイルにとっては、『現実』。

 俺にとっては、『ゲーム』。

 不純というか、卑怯というか、それでも、俺にとっては強く感情が動く、『リアル』だったんだ。

 

 グリスは、この世界において『加護』を持たないという大きな不利を背負っている。

 そして、エイルも『加護』自体はあるのだが、また別の問題を抱えている。

 二人は互いに、恵まれた境遇ではない。

 それでも、世界を救う勇者になると決めた。



 よし、ちゃんと『グリス』っぽく返さないとな……!


「ああ……、なるぞ、エイル! 《勇者》になろう、俺とエイルで!」





「――――まだそんなことを言っていたのか、《壊れた器ブランク・グラス》」


 現れた少年の声音は、ひどく侮蔑的だった。





 こいつは……覚えている。

 

 ワーグ・リュスタロス。

 《水》属性の《加護》を持つ魔術師だ。

 リュスタロス家は名門の貴族で、優秀な人材を多数輩出しており、とてもプライドが高い。

 シナリオだと、選択肢次第でここでチュートリアル戦闘が始まることもある。

 

 ワーグとグリス達は、学園入学前に、魔術師を育生する私塾で共に学んでいた。

 ワーグの貴族としてのプライドが、『落ちこぼれ』であるグリスと学ぶことを許せなかったのだ。

 その頃から、なにかと絡んできてはいた。

 そして、入学式という晴れの舞台で、グリスを貶めてやろう……と、そう考えたのだろう。

 


「なぁ……グリスニル。いい加減、《ブランク》が夢を見るのはやめたらどうだ? 貴様のその空っぽの器に、《勇者》なんて大層なものは、入らないんだ」



 うるさいな……。空っぽの方が夢詰め込めるかもしれないだろ……。


 ワーグ。

 わかりやすいヘイトキャラではあるが、目の前で話されると本当にムカつくな。

 ねちねちした口調。

 いちいち相手をバカにしないと気がすまないうっとうしいプライドの高さ。

 ゲームの時からイヤなやつだが、声音や表情、些細な部分がグラフィック以上の解像度でこちらを苛立たせる。

 


 《壊れた器ブランク・グラス》というのは、《加護》を持たない者への別称だ。


 この世界は『地・水・火・風・氷・雷・木』の七つの属性がある。

 大抵の者は、この七つから、いずれかの神の加護を宿して生まれる。


 ――だが、グリスはなんの加護も持っていない。

 『器』が壊れて、空っぽだと言いたいわけだ。

 

 加護を持たぬ者は、神に仇なす魔族だと差別を受けることすらある。

 グリスは魔術が使えない。

 だから、剣に頼るしかない。


 ゲームにおいて、それはただの個性付け。

 フレーバーテキスト。

 刀でのアクションに特化するキャラを作るための設定。

 キャラクターの操作感の差別化程度にしか受け取らないプレイヤーもいただろう。


 俺は……、そうじゃない。

 フレーバー。ただの風味?

 いいや、フレーバーがなければ味気ない。

 ロールプレイのために必要なものだ。


 だから、ワーグの言い草は本当に腹が立つ。

 

 ……しかし、どうしようか?

 ここでワーグを倒し、チュートリアルをこなしてもいい。

 だが、スルーしてもっと手早くシナリオを進める方法を探してもいい。


 俺の目的は、ソルティルだ。ワーグじゃない。

 最短効率で、シナリオを上手く変更して、ソルティルを救う。

 それが今の方針……でいいはずだ。


「それに……《神装七家デウス・セプテム》の最下位であるメングラッド家の落ちこぼれではないか」


 嘲りに満ちた声で、嫌味を込めて、説明的な侮蔑をエイルへと向けるワーグ。

 周りの生徒たちに吹聴する意味もあるのだろう。



「落ちこぼれ同士で傷のなめ合い。本当に惨めだな……、なぜ貴様らのようなクズが、この学園の門をくぐろうなどと思える?」

 


 ――《神装七家デウス・セプテム》。

 七つの『神』には、それぞれに対応した『一族』が存在する。

 エイルの生家である《メングラッド家》は、『木』に対応した一族。

 七家には序列が存在し、現在の《メングラッド家》は最下位。

 そして、ワーグの《リュスタロス家》は『氷』を司り、序列は3位。

 彼自身の功績でもなんでもないが、彼が偉そうにしているのは、そういう出自からだ。



「《ブランク》……?」「なんで《ブランク》が入学できるんだ?」「裏金とかじゃねえの。横にメングラッドの落ちこぼれがいるだろ」「金だけはあるんだー」


 口々に、勝手な憶測を並べる生徒達。

 民度ォ…………。

 ……まあ、この学園、貴族のが多いしな。

 誰が、どれくらい偉いのかは『加護』で決まる。

 良い家柄の生徒は、強い『加護』を持つ。

 

 ――そういう、設定だ。



「無理なんだよ! 人が生まれで決まるという子供でもわかる現実をいい加減理解しろ! 貴様らは私や、ソルティル様のような選ばれた人間ではない! この学園に相応しくない!」

 


 どうせ、シナリオだ。

 作り物だ。

 効率を考えるなら、相手にすべきではない。




「……グリス……もう行こ、早く」


 エイルが手を掴んでくる。

 


 ……エイルは、ずっとこの日を楽しみにしていた。

 《勇者》になれると。

 世界を救えると。

 小さい頃から、憧れていた。

 二人の夢だ。グリスも、エイルも、どれだけ不遇でも、生まれに恵まれなくても、『憧れ』を消すことができなかった。

 こんな夢持たなければ、苦しまなくて済んだと思ったこともある。




 それでも……。


 ――エイルの手は、震えていた。





 震えて、いたのだ。



 ………………なにが、効率だ。

 

 俺は、RPGの何を愛した?


 この世界の、何を愛した?

 

 主人公の、グリスニルの、何を愛した?


 ここで逃げることが、俺の愛したものだったか?





 ……違うだろッ!







「――――ワーグ・リュスタロスッッ!!」


 刹那、グリスの叫びが、静寂を生んだ。


 口々にグリス達を悪し様に言っていた生徒達も、言葉を失う。




「っ……!!? なっ、なんだその目は!? 

 《ブランク》の分際で私を脅すのか!? 逆らうのか!? 

《七家》のツラ汚しと、加護すら持たない、魔族まがいのゴブリン同然のクズの分際で!? ふざけるのも大概に――……、」




「ワーグ・リュスタロス……薄汚い野犬。もう一度、その品性で吠えてみろ」




「野犬……だとォッ!!? ゴミクズの分際で……よくも……。貴様こそ、もう一度言ってみろ! 


 ――――ただし、リュスタロスの牙から逃れられたらなァッ!」




 ワーグは腰のホルスターに収められたいた杖を抜いた。


 俺は腰に収められた刀を引き抜いた。



 ――――戦闘、開始。




 そうだ。

 そうだった。


 もはやロールじゃない。

 もはやゲームじゃない。


 でも、ロールしていた時と、同じだろう。


 この想いは、常にリアルだった。

 

 ワーグ、お前はここで倒す。

 ―――エイルを侮辱した、こいつをブッ潰す。

 誰にも、エイルの夢はバカにさせない。

 


 いつだって俺は、そういう気持ちに嘘をつかない戦いをしたかったんだ。











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