第七話 死闘

 空が黄金色に色づく頃、〝天狗の座〟が行く手に見えてきた。急峻な岩の崖を登り切った先、ぽっこりと天空に突き出たようにその大岩が鎮座している。

 白香の前を行く川葉が突然足を止めた。その背中に頭から突っ込んでしまった白香は訝しげに川葉の肩越しに崖を見上げた。

 赤い衣がはためいていた。赤い顔に高い鼻、背中には鷹のような羽根。鹿声だ。その大男は二人を見下ろして、地鳴りのような声を発した。

「去れ。ここはお前たちのような小童こわっぱが来るところではない」

 白香は怒りで毛を逆立てると、川葉の肩を掴んで脇に押しのけた。

「馬鹿! 待て!」

 川葉の声も虚しく、白香が崖の上の鹿声の前に飛び上がって太刀を振り下ろした。素早い一撃を鹿声は掴み取って、太刀ごと白香の小さな身体を崖下に叩きつけた。

「白香!」

 川葉も太刀を抜いて地面を蹴った。だが、白香の目の前に音もなく姿を現した鹿声が右の掌を前に突き出すと、その衝撃と突風で川葉は吹き飛ばされてしまう。ごつごつとした石を掴んで体勢を整える川葉の眼前に白銀の閃光が走る。身を仰け反らせ寸でのところでそれをかわした川葉だったが、地面についた手を鹿声が持つ白銀の刃が突き刺した。

「ぐあっ!」

 川葉のうめき声に、白香が立ち上がって黒檀の太刀を投擲した。鹿声は後ろも見ずにそれを跳躍して回避する。飛んできた白香の太刀を空中で掴み取って、川葉は二本の太刀で空中の鹿声に向かって斬りかかったが、その姿は瞬きの空隙を縫って川葉の背後に。今度こそ、鹿声の刃が川葉の背中を斬りつけた。

「川葉!」

 飛び掛かってくる白香に鹿声は余裕をもって振り向いて、切っ先を突き出した。咄嗟に地面を蹴った白香は、目の前の鹿声の鼻っ面を思いきり蹴りつけた。確かな手応え。しかし、眼光鋭く白香を睨みつけた鹿声はふっと姿を消し、白香の懐に現れると、その腹に拳を叩き入れた。

 声を出すことすらできずに、白香は再び岩肌に身体を打ちつけた。

「しつこい奴らだ」

 鹿声は倒れ込む白香に向けて刃を向けて歩き出した。その足に蔦の縄が絡みつく。川葉が放った縄だ。太刀を杖代わりにして震えながら立ち上がる川葉が不敵な笑みを浮かべる。

「お前の好きにはさせない」

 縄をさっと切り払った鹿声は地面を蹴るでもなく、次の刹那には川葉の前に立っていた。そして、白銀の刃を振り下ろそうとした。

「鹿声!」

 崖の上で傷だらけの白香が見下ろしていた。そして、〝天狗の座〟へ駆け出そうとする。それが鹿声の眼に火を点らせた。

 瞬きの間に白香の行く手を阻み、その身体を突き飛ばした。空中に放り出された白香のそばに飛び出すと、鹿声は刃の柄尻を白香の身体目がけて振り下ろした。遠雷のような轟きと共に白香の身体が急加速して地面に叩きつけられる……というその時、白香と入れ替わるように川葉が崖下から飛び上がって、彼女の腕を掴むと崖のさらに先、〝天狗の座〟へ放り投げた。川葉はそのまま中空の鹿声との距離を詰め、片方の黒檀の太刀で鹿声の脳天を叩きつけた。もう片方を、飛んで行く白香の方へ投げる。彼女はそれを空中で受け取って、転がって倒れ込んだ。

 痛手を受けた鹿声は両の拳を握り締めて空中を蹴ると、白香のもとへ風のように飛び掛かった。

 だが、川葉が蔦の縄をその首にかけて、地面に叩きつける。

「白香、行け!」

 川葉の叫びで奮起した白香は〝天狗の座〟へ駆け上がるが、その背後から雷のように飛んできた白銀の刃が彼女の腰の辺りに突き刺さった。膝を突いた鹿声が放ったのだ。

「白香!」

 彼女のもとへ駆け寄ろうとする川葉を鹿声の掌が薙ぐと、突風が彼の身体を断崖絶壁の尾根に弾き飛ばしてしまった。

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