第17話 結婚できない理由


「それでは、あのマヤさんは、どうあってもアルテュール様の妻となる事はできません」


 二人の間に子を成すなど以ての外。


 二人がただの平民だったなら、何の問題もない。


 シシルカの教えの通りに、犯罪者の子供にまで罪を問わない。


 でも、その血が王家に入る事までは認められない。


 アルテュールにはこれまでも、マヤさんを妻にはできないとは伝えていた。


 それは、元平民のマヤさんでは難しいと、そのつもりだった。


 でも、これでは、意味合いが全く違ってくる。


 こんな背景を知った上で、私はあの二人に尽くしていかなければならないの?


 これだけ惨めな思いをさせられているのに。


「だからと言って、貴女が離婚を考える事を躊躇する理由にしなくてもよいのです」


 後悔と絶望に襲われていると、公爵様から思いがけない言葉をかけられていた。


「離婚……?」


 今、初めてその言葉を意識した。


 それまで、王妃の自分がアルテュールと離婚するなど思ってもいなかった。


「私が、アルテュール様と離婚?でも、国に混乱を招きたくはありません」


 国の事を考えなければならないのに。


 私が離婚を選択した結果、どのような影響が出てしまうのか。


 簡単に離婚という言葉に縋る事はできない。


「貴女が犠牲になっては意味がありませんよ」


 ローハン公爵様の言葉は、諭すようにどこまでも穏やかだ。


「前王夫妻は、貴女に頼りすぎでした。不安の残るアルテュールを押し付けたとも思っています」


「私はそうは……前王妃様が仰っていました。アルテュール様を甘やかしてしまった事を悔やんでいると」


 彼は、一人息子だったから。


「前王妃様は、アルテュール様の望む通りにマヤさんを城に招いた事を後悔していると。アルテュール様とマヤさんを守って欲しいと頼まれたから、私は今までもこれからも……」


「それを貴女に押し付けたと言うのです。子供には甘い顔を見せ、他人である貴女に責任を押し付け。貴女は精一杯誠意を示して努力なされました。今後の事を貴女が気に病むことはありません。身内である私が甥を制する事ができなかったからです。貴女に辛い思いをさせてしまったのは、私の責任です」


「閣下のお立場もありますから……」


 身内だからこそもどかしく思い、言いたくても言えないこともあったはずで。


「貴女を守れずに、申し訳ありません」


 座った状態であってもローハン公爵様から頭を下げられて慌てた。


「やめてください、ローハン閣下」


「貴女はここまでよく頑張りました。後の事は私が引き受けます。貴女の事も、貴女の御家族の事も、国民も、私が守ります。なので、貴女が望む通りになさってください」


 顔を上げた公爵様は、決意したような言葉の一方で、青い炎を灯したような静かな瞳で私にそれらを告げた。


 そんな様子に、これが本来の大人のあるべき姿なのだと感心した。


 少しだけ心が楽になった私は、


「まだできる限りの事をしていません。アルテュール様と話してみます。少しでも印象が改善するようにマヤさんの問題点についても話して、できる事はお願いしてみます。それでもダメなら、その時は離婚を考えたいと思います」


 その日の最後に、ローハン公爵様にはそう話していたけど、結果が思わしくなかったことは頬の痛みと共に思い出す。




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