第38話

 

  ――本当は館などなかった?


「最初から残酷館などという建物は存在しなかったんだ。ないものは見つけようがない。だから迷った」


「……じ、じゃあ、わたしたちが今いるこの場所は一体?」


 まさか、幻の中だとでも言うつもりか?

 そんな馬鹿な話はない。


「オレたちが見つけるまで、残酷館はそこに存在しなかった。見つかったのは、姿


「…………」


 ――何だそれは?

 わたしたちが見つける前は存在せず、見つけたときに存在する館。

 まるでシュレディンガーの猫のような話である。

 到底まともな推理として聞いていられない。


「……あ」


 否、待てよ。

 本当にそうか?

 わたしたちが見つけた瞬間に残酷館が出現したという現象。

 


「……まさか!?」


「そして、こそが隠し通路の正体だった」


嗚呼ああッ!」

 わたしは頭を殴りつけられたような衝撃を受けた。



 ――何ということだ。

 わたしが残酷館を目指して道に迷ったことも、館をぐるりと一周する雪上の足跡も、それで全て説明がつく。


 それだけではない。


「じゃあ、被害者の首が切断されていたのは……!?」


「部屋の中の毒ガスから逃れようとした被害者たちは、換気窓から首を突き出していた。生きる為に最善手を指す探偵なら当然の行動だ。だが、それこそが犯人の用意した罠だった。犯人は館を下降させることで、被害者たちの首を切断したのだ。雪で見えないように地面に鋭い刃でも仕込んでいたのだろう。形としてはギロチンの逆だがな。お前が見た雪の上の足跡は、犯人が首を拾いに行ったときのものだろう」


 なるほど。

 首が切断されていたのは、被害者たちが安全な部屋から首だけ窓の外に出していたからだった。


「その後、犯人は首を持って館に戻った。勿論、ガスマスクを装着してな。館を元通りに上昇させ、殺した被害者の部屋の中を偽装工作し、首を部屋の外に放置した。空が暗い深夜の時間帯なら、館を上下に移動させても換気窓の外は暗いままだ」


「……しかし残酷館が上下に動くエレベーターのような構造なら、中にいるわたしたちが残酷館の移動に気づかないのはおかしくありませんか?」


 人の首を切断するのだから、残酷館はかなりの速度で動いていることになる。

 速度が上がれば当然、それに比例して揺れも大きくなるだろう。


「その問題は制振装置を取り付けることで解決する」


「せいしんそうち?」


「走行の際に生じる振動をセンサーで感知し、重りを館内の揺れと反対方向に移動させることで衝撃を吸収するのだ。東京スカイツリーなどの高速エレベーターで実際に使われている技術だよ。他にも気圧の変化に対応する、気圧制御システムを搭載しておけば、オレたちに館の移動を気付かれるリスクはかなり軽減出来ただろう」


 ――それで、全ての説明がつく。

 ――密室の謎は解けた。


 だが、まだだ。

 まだ決着は付いていない。


「殺害方法については分かりました。それで綿貫さんが犯人であるという証拠は?」


 自分で言っておいて何だが、わたしはそこから先を聞くことを恐れていた。

 正直、聞きたくない。


 そうか。

 わたしは綿貫が犯人であって欲しくないのだ。

 綿貫に岡惚れしていたから。

 綿貫が城ケ崎の部屋から出て来たときに感じたあの感情は、綿貫に向いていたのではなかった。


 そうだ。

 わたしは城ケ崎に嫉妬していたのだ。


「証拠? それならそこに転がっている」


 城ケ崎が指で示す先。即ちベッドの下には、縄でぐるぐる巻きに拘束された綿貫リエがいた。


「綿貫さん!」

 わたしは慌ててベッドから跳ね起きる。


「今助けますから」


「そこから動くなッ!」


 わたしの身体は城ケ崎のその一言でピタリと止まる。

 城ケ崎の言葉にはそれくらい、有無を言わせぬ迫力があった。


「眉美、その女が残忍で冷酷な殺人鬼であることを忘れるな。不用意に近寄るなよ。殺されるぞ」


「……し、しかしですね、綿貫さんが犯人であるという明確な根拠はまだどこにも……」


「やれやれ、どうやらまだ気付いていないようだな」

 城ケ崎はそこで大きく息を吐いた。


「犯人が綿貫リエの他に考えられないことは、眉美、

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