第17話

 12月26日。

 午後1時10分。


 わたしは再び館の中を調査していた。

 昨日、城ヶ崎と散々調べ回ったものの、わたしとしてはまだ館から脱出することを諦めきれなかったのだ。

 外に出れさえすれば、助けを呼ぶことも出来る。


「付き合いきれんな。そんな無駄なことに時間を費やすくらいなら、部屋で詰将棋でもしていた方が余程マシだ」


 城ヶ崎はそう言って同行を拒否したが、他に何か良い手があるわけでもない。

 ならば、ダメ元でもやってみる価値はある。


 それに何より、次は自分が殺されるかもしれない状況で、部屋でただじっとしていることが出来なかったのだ。


     ※


 残酷館の玄関は三階までの吹き抜けになっている。つまり、三階の手すりから下を覗けば一階の玄関を一望出来る構造だ。

 わたしは手すりから身を乗り出すようにして一階を覗き込む。するとファラリスの雄牛のちょうど正面の辺りに、不破の銀髪が見えた。

 四つん這いになって、何かを探しているようだ。


「不破さん」


 わたしが上から声をかけると、不破は一度大きく肩を震わせ、慌てた様子で立ち上がった。


「何を探していたんですか?」

 わたしは大階段を降りて、ゆっくりと一階へと移動した。


「いやはや、これは参りましたな」

 不破は頭を掻いて、照れたようにはにかんだ。まるで悪戯いたずらがバレた小学生のような素振りだ。


「どうもコンタクトレンズを落としてしまったようでして。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


「お手伝いしましょうか?」


「いいえ、結構。ちょうど見つけたところですので」

 不破はそう言い残して、そそくさとその場を立ち去ろうとする。


 明らかに挙動が不審だ。

「不破さん、ちょっと持って下さい」


「はい?」


 慌てて呼び止めてはみたものの、何を話せばいいのか分からない。

 不破は怪訝そうにわたしを見ている。


「用がなければもう行きますが?」


 拙い。

 何となく、このまま行かせてはいけないような気がする。根拠はないが、わたしの直感がそう言っている。

 早く何かを話しかけなくては。


「……あの、ええと、不破さんは『寿司アンルーレット』のとき、何の寿司を選んだんでしたっけ?」

 わたしは苦し紛れの質問をした。


 昨日、城ケ崎が言ったことを思い出してのことだ。


「確かマグロの赤身だったと思いますが、それが何か?」


「いえ、別に」

 しかし、後が続かない。


「では、失礼」

 不破は大きく息をついて、足早に自分の部屋へと戻っていった。


 結局、揺さぶりをかけることは失敗に終わる。

 だが不破が何かを隠していることは間違いないだろう。

 わたしは不破が立ち去った後、ファラリスの雄牛の周辺を入念に調べてみるが、何も見つけることは出来なかった。

 不破は一体何を探していたのか?


 すると突然、美味しそうな匂いが鼻腔びこうをくすぐる。

 カレーの匂いだ。

 匂いがするのは食堂側の通路からだった。


「…………」

 気が付くと、ゴクリと唾を飲み込んでいた。

 わたしは匂いにつられるように、ふらふらと厨房へと足を進めた。

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