免許皆伝

「よっと」

「っ!?」


 バルザールさんは俺の結界を易々と入り込み、神速の居合いで俺の首元に刀を突きつけた。


「くっ!」

「フォッ」


 俺は地面を蹴って飛び退き、バルザールさんと距離を取る。


 だが、どういうことだ!?

 俺の結界だってずっと鍛え続けてきたし、しかもバルザールさんは酒に酔っている。


 実力差があることは承知しているが、だからといってこんな簡単に間合いに侵入させることなんてあり得ない。

 じゃあ、どうして……。


「仕合の最中に考え事とは余裕じゃの」

「なあっ!?」


 チクリ、と背中に痛みを覚えると同時に、いつの間にか背後に回っているバルザールさんの声が聞こえた。

 お、俺は片時もバルザールさんから意識を外したことはないし、その一挙手一投足だって見逃した覚えはないぞ!?


「フォフォ、まあ……とりあえずはここまでじゃな」


 バルザールさんは刀を鞘に納め、カラカラと笑った。


「お、教えてください! 俺の結界や観察眼などに、落ち度でもあったんでしょうか!」


 俺は慌てて振り返り、バルザールさんの両肩をつかんで問いかける。

 とてもじゃないが、この結果に俺は納得ができない。


「お、落ち着くんじゃ。まあ、順を追って説明してやるぞい」


 俺の手をやんわりと払いのけ、バルザールさんは説明を始めた。


「まずは、そうじゃな……お主、結界にはどんな利点と欠点があると思う?」

「利点と欠点、ですか……」


 であれば、ライナーさんとの最初の・・・手合わせで嫌というほど教えられた。


「結界内においては、全て・・に対して瞬時に打ち倒すことができ、まさに防御に適していると思います、逆に、だからこそ待ちの姿勢になりがちであることと、地面を含め、結界の範囲にも限界があることです」

「うむ、そのとおりじゃ。では次に、観察眼と見切りについてはどうじゃ?」


 俺は顎に手を当て、思案する。


 観察眼については、相手の一挙手一投足を見極めること。例えば視線、肩の動き、息遣いなどだ。

 見切りは、観察眼で得た情報を元に、相手の次の動きを予測し、最適解を選択して対処すること。


 利点は言わずもがな、相手の行動の全てを予測し、掌握できることだと思うが、いざ欠点を考えた場合、結界のように明確な欠点と言えるものがないように思える。


 欠点、欠点…………………………あ。


「そ、その……あくまでも推測でしかないのですが、観察眼と見切りは、予想外のことが起きた場合に対処できないということでしょうか……?」


 あまり自身がないため、俺はバルザールさんの顔をおずおずとうかがうと。


「まあ、おまけで正解にしておいてやろうかの。観察眼と見切りの欠点は、全てを・・・観察し・・・切れない・・・・こと・・、それによって正確な・・・予測が・・・できぬこと・・・・・じゃ」


 全てを観察し切れないこと、正確な予測ができないこと……。


「そうじゃ。ゲルトは先程の仕合で、それがしが酔っておることは分かっておっても、都合のいいように観察し、判断した。それが己の隙を見せることにつながり、それがしに簡単に裏を取られたんじゃ」

「…………………………」


 それを言われてしまうと、ごもっとも過ぎて何一つ言い返せない。


 確かに俺は、バルザールさんが酔っていることでおごりがあった。

 そもそも、圧倒的な実力差があるというのに、バルザールさんを気遣うなんて余裕がどこにあるというんだ。


 それが、俺の目を曇らせてしまったんだ。


「それだけじゃないぞい。それがしは仕合において、お主には一度も見せたことがない【瞬歩】というスキルを使った。つまり、知らぬものはどれだけ観察して見切ろうが、対処できぬこともあるということじゃ」

「あ……」


 そうだ……俺は、自分の目で見て、耳で聞いて、それらで全てを判断……つまり、見切ったつもりでいた。

 だが、そもそも全ての情報をつかんでいるなどと、何故判断できるんだ。


 ここにもまた、俺の中で驕りがあったということだ。


「フォフォ、これで分かったじゃろう。スキルもそうじゃが、結界や観察眼、見切りも完璧なものなど何一つない。じゃからこそ、常に考え、行動し、その中で己ができる最高のものを求め続けるのじゃ」

「……そう、ですね」


 はは……ライナーさんに同じことを言われていたのに、俺は本当に馬鹿だ。

 だが、そんな馬鹿な俺に、こうして気づかせてくれる人がいる。


 本当に、俺はなんて恵まれているんだろう。

 いつも俺のそばにいてくれる幼馴染や、俺に気づかせ、鍛えてくれる人達……アイツに絶望を味わわされて死に戻ったが、俺は今、こんなにも幸せだ。


「ありがとうございました! 師匠・・!」


 気づけば俺は、バルザークさん……いや、師匠に向け、深々とお辞儀をした。


「フォフォフォ! ゲルトに師匠と呼ばれると、なんだかこそばゆいぞい」

「えへへ。そんなこと言ってますけど、バルザークさんすごく顔が緩んでますよ?」

「フォ!? こ、これはライザちゃんに一本取られたわい……」


 照れながら頭を掻く師匠と、同じく嬉しそうに微笑むライザ。

 俺もまた、そんな二人を見て口元を緩めて……って。


「ほれ」

「わっと!?」


 師匠がおもむろに腰に差してあるもう一本の刀を抜き、俺に向かって放り投げた。

 そういえば師匠、いつも二本の刀を差しているものの、もう一本のほうは短いものなのに、これは普段の刀よりもかなり長い。


 明らかに、師匠の小さな身体には不釣り合いだ。


「その刀の銘は、『カネサダ』。お主なら、あとは自分で勝手に強くなれるじゃろう。それは、それがしから免許皆伝の祝いじゃよ」

「あ……ありがとうございます!」


 俺は譲り受けた刀、『カネサダ』を抱きしめ、顔をしわくちゃにして微笑む師匠に、もう一度深々と頭を下げた。

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