二人の手練れ

「「っ!?」」


 俺とライザがその場を後にしようとしたその時、池の対岸から、異様な気配を感じた。


「……ライザ」

「うん」


 俺は剣を抜き、ライザは人差し指を池の対岸へと向ける。


 この黒死の森には、数多くの魔物が生息している。

 さすがに俺達も黒竜ミルグレアも瞬殺できるほどの強さを手に入れた以上、魔物に後れを取るなんてことは考えにくいが、万が一ということもある。


 何より、俺達が感じるほどの気配を放つ奴が、只者でないことくらい理解できる。


「ゲルト、威嚇の意味で一発撃ってみる……?」

「そうだな。頼めるか?」

「任せて。【ファイアボール】」


 ライザの人差し指の先に魔法陣が現れ、拳大の火球が射出された。

 威力としては魔力を高密度に凝縮させた【ファイアバレット】のほうが遥かに高いが、威嚇という意味なら初級魔法の【ファイアボール】のほうがいい。


 さて……どう出るか。


 だが。


「っ!? 池の上で弾かれた!?」

「ゲルト! 向こう・・・は防御魔法を展開してるよ!」

「ああ!」


 魔物だと思っていたが、どうやら相手は人間みたいだな。

 それも、ライザと同じ[魔法使い]系の。


 となると。


「ライザ! 俺は池を右に・・迂回して・・・・接近する! お前は援護を!」

「任せて!」


 そう叫び、俺は池を左回り・・・に駆ける。

 これで向こうが勝手に勘違いして、上手く背後を突ければいいんだが……って、そんなに上手くいくはずがないか。


 こんな単純なことに引っかかるような奴だったら、俺達だってここまで警戒しない。

 その証拠に、向こうが俺に意識を向けているのがひしひしと伝わってくるしな。


 ただ。


「食らえ! 【ファイアバレット】!」


 小さな火球の弾幕が、池の中から出現した巨大な氷の柱を粉々に砕いた。

 こうやってライザに集中している隙に、早く接近して倒してしまわないと……っ!?


 ――ヒュン。


 何故か俺は、無意識のうちに剣を左前方へ向けて振るっていた。

 これは一体……。


「……ほう、まさか見破られるとはな」

「っ!?」


 暗闇の中から浮かび上がる、顔を仮面で覆った怪しい男。

 こんなすぐそばまで来ているのに察知できなかったということは、【認識阻害】のスキル持ちか?


「【ステータスオー……っ!?」


 男の正体を暴こうとした瞬間、放たれた飛び道具により邪魔をされてしまう。

 それと同時に、男の身体がすう、と闇に溶け始めた。


「っ! させるか!」


 男が【認識阻害】を再び発動させる前に、俺もまた攻撃を仕掛ける。

 俺の結界・・にさえ入れてしまえば、たとえスキルを発動させようとも感知できるからな。


 本当に、バルザークさんから学んで半年間特訓をし続けた甲斐があった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


【抜刀術(神)】により、俺は目に見えないほどの無数の連撃を男に放つ。

 もちろん、【一刀両断】のおまけ付きだ。


 さあ、どうする……っ!?


「これはこれは……剣筋が、あの男・・・に似ているな」


 俺の必殺の連撃をダガーナイフで難なく受け止めながら、覆面の男が興味深そうな声で呟いた。

 だが……あの男とは、誰のことを言っているんだ?


「一つ尋ねたい。お前は、[剣神]バルザークと関係する者か?」

「さあ、なっ!」


 飄々ひょうひょうとした声で尋ねる男に、俺は返答代わりに蹴りを放った。

 バルザークさんを知っているらしいが、敵か味方か分からない以上、気を抜くわけにはいかない。


「……まあいい。それは後で・・確認するとしよう」

「なっ!?」


 覆面の男は一瞬で俺の結界・・の外へ出て、そのまま闇に溶けて消えてしまった。


「チッ!」


 俺はすぐさまきびすを返し、池の対岸……ではなく、ライザの元へ急いだ。

 あの男が【認識阻害】を持っている以上、ライザを狙われたら不味い。


 ライザは……ライザだけは、絶対に守る!


 あの時・・・のことが脳裏によぎりつつ、俺は全力で駆けた。


「ライザ!」

「っ! ゲルト!? どうして!?」


 俺を見て、驚くライザ。

 だが、それ以上に俺はライザが無事なことに安堵する。


 もしライザに何かあったら、それこそ悔やんでも悔やみきれないことになってしまうから。


「手短に説明すると、敵は【認識阻害】のスキルを持っている。ライザを狙われるわけにはいかないからな」

「そっか……」


 ライザは一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべ、すぐに真顔になって今も氷属性魔法を放つ敵に向けて【ファイアバレット】を打ち続けた。


 すると。


「っ!? 向こうの魔法がやんだ……?」


 急に向こうの氷属性魔法が消え、小さな火球だけが空しく闇を照らす。

 感じていた気配も、周囲から消えた。


「……どうやら連中は、引き下がったみたいだな」

「だね……」


 正直言えば、あの覆面の男と対峙した時、向こうは明らかに余力があった。

 あのまま戦い続けていたら、俺がやられていた可能性も否定できない。


 それに、スキルは全て神クラス、ステータスも『SS』のライザの魔法攻撃と難なく渡り合う向こうの[魔法使い]の実力も図りかねる状況で、助かったのは俺達かもしれないな……。


「ライザ、急いで街に戻ろう。そして、みんなに相談だ」

「うん!」


 俺達は最大限警戒しつつ、大急ぎで街に戻った。

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