第3話 6

「――ひゃあああぁぁぁ……」


 ゴンゴンと壁に頭を打ち付けながら、シャルロッテは悶える。


 チュースキン領都フェザークルスの高級宿の一等客室だ。


 防音性はばっちりだから、外に声や音が漏れる事はない。


「なんで……なんであんな事言っちゃったのかしら――」


 恒例のビキニアーマー姿になった事を悔やんでいるのかと思えば、今回はちょっと違うらしい。


「――おまえのわがままくらい、可愛いものだわ……」


 ボソリとマリサが囁き。


「うわおああああああぁぁぁ!」


 シャルロッテは真っ赤になって床を転がる。


「ホント、ノリと勢いだけでカッコつけるの、お嬢様の悪いクセですよねぇ」


「だってだってぇ……」


 シャルロッテは甘えた声で、床に寝転がったまま言い訳を始める。


「エレンは私を完全完璧なお姉様と思っているのよ?

 その夢を壊すワケにはいかないでしょう?」


 ……恐ろしいことに。


 シャルロッテは神器に選定されるより以前――病弱ですぐに寝込むような体質の時でさえ、エレノアの前では完璧令嬢を演じ切っていたのだ。


 一人っ子のシャルロッテにとって、姉と慕ってくれるエレノアは、それほどまでに大事な存在なのである。


 だが、いざ冷静になって見ると、やっぱり恥ずかしい。


 まるで舞台役者のようなセリフを真顔で吐き出していたのだ。


「あうあうあうあ――――ッ!!」


 ――ゴンゴンゴン!


 床に頭を叩きつけながら悶えに悶えるシャルロッテ。


 と、ドアがノックされて。


「……あんた、ま~たそんな事してんの?」


 返事も待たずにドアを開けたミリスは、シャルロッテの惨状を見て、呆れたように呟いた。


 ミリスにとっては、シャルロッテと聖女養成校の寄宿舎で同室だったから、見慣れた光景である。


 聖女見習いの時から、シャルロッテはとにかくええカッコしいだったのだ。


 普段、あれほど凛として淑女然としているシャルロッテも、気が緩めば普通の女の子なのだと――当時、ミリスは妙に納得したものだ。


「あんたは見栄っ張りすぎるのよ」


 シャルロッテは外面を気にしすぎるのだと、ミリスは常々思っている。


 苦笑して言いながら、ミリスは応接ソファに身体を沈め、手にした書類をローテーブルに載せる。


「ほら、調書を持ってきてあげたんだから、いつまでもゴロゴロ転がり回ってないで、あんたも目を通しなさい」


「うぅ……」


 ノソノソとソファに這い上がり、滲んだ涙を拭って書類を手に取るシャルロッテ。


 あれほど額を床やら壁やらに打ち付けていたのに、赤くすらなっていないのだから、その頑丈さたるや異常というほかない。


 マリサがお茶の用意を始める。


 この場にいないエレノアは、別室ですでに就寝している。


 キーンバリー領から夜通し戦車で駆け抜けて、そのまま荒ごとに巻き込まれたのだ。


 気丈を装ってはいたものの、疲れが出たのか、宿に着くなりそのままぐっすりだった。


「まったく、あんたの所為で段取りがパーよ」


 書類を読み込むシャルロッテに、ミリスは肩をすくめて見せる。


 実のところ、ミリスの作戦としては、大立ち回りを演じる気はなかったのである。


 面会を装ってチュースキン邸に潜入し、そのままチュースキンとサーバンの気を引いている間に、街に待機させていた聖女管理局の戦闘要員達に屋敷を包囲させて、傭兵達に降伏を促すつもりでいたのだ。


 だが、その流れは戦車で乱入したシャルロッテに、見事に断ち切られた。


「……まあ、結果的には助かったけど……

 だから、ありがとね……」


 ごにょごにょと。


 口の中で呟くミリス。


 なにせ門前払いに合っていたのだ。


 あのままシャルロッテが乱入していなければ、結局のところミリスもまた、門番をぶっ飛ばして強引に屋敷に踏み込んでいたであろう自覚はあった。


「え? なんですって?」


 書類に集中していたシャルロッテには、ミリスの呟きは聞こえなかったようで、顔を上げて訊ねる。


「――ッ、あんた、ホント、そういうトコよ!?」


「ええ!? なんで私が怒られるのよ……」


 ミリスに唇を尖らせるシャルロッテ。


 素の表情を見せるのは、なんだかんだで気心がしれた親友と思っているからだ。


 マリサがティーカップを並べ、ふたりはお茶を飲んで一息。


 シャルロッテは書類をテーブルに置いて、ミリスを見る。


「あいつらが兵騎を何処から調達したのか気になってたんだけど、ずいぶんと面白い名前が出てきたものね」


「あー、それね。

 わたくしも驚いたわ。

 局の諜報部からの情報にも、まったく名前が上がってなかったから」


 ふむ、とシャルロッテは鼻を鳴らし。


「この件、ルシアお姉様には?」


「当然、最優先でお伝えしたわ。

 ……国防に関わる問題だもの」


 そして、ミリスもまたシャルロッテを見返す。


「あんた、さっさと王都に戻って来なさいよ。

 きっとこれから忙しくなるわよ」


 そう告げられて、シャルロッテは苦笑。


「そうね。本当はもうちょっとエレンとゆっくりしたかったのだけれど……

 そうも言ってられないわね……」


「あんたの、あの娘にかけるその情熱はなんなの?」


 呆れたように訊ねるミリスに、シャルロッテは前のめりになる。


「だって可愛いでしょう!?

 ルキオンあのバカの婚約者に据えられて――いい迷惑でしょうに、一生懸命に王子妃として努力し続けて来たのよ?

 そして私をお姉様お姉様って慕ってくれて……ぅえへ」


「――お嬢様、よだれが……」


 マリサに指摘されて、シャルロッテは慌てて口元を拭う。


 ミリスは踏み込んではいけない話題だったとドン引きし。


「と、とにかく! 問題はそいつの事よ」


 話題を強引に引き戻した。


 書類に強調線の引かれた名前を指差す。


 ――アレク・オーディル。


 それはオーディル伯爵家嫡男の名にして……


「……まさか国家認定勇者の名前が出てくるとはね」


 シャルロッテはその名前を見据えながら、笑みを濃くするのだった。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが3話となります。


 聖女として表立って活動しているのはシャルロッテのみなのですが、その補佐的役割として、次席以降があります。


 そしてそれらを統括するのが、聖女管理局。


 表向きは聖女の活動を支援する部署なのですが、実際のところはエリオバート王国の暗部を支える執行機関だったりします^^;


 「面白い」「もっとやれ」と思っていただけましたら、作者のモチベに繋がりますので、どうぞフォローや★をよろしくお願い致します。


 それでは次のあとがきにて~

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