第45話、屋上の戦い

 裁判所、外 


 木の棒の先端を刃物で削り尖らせた。

「少し短いが、突撃棒の完成だ」

 プフ・ケケンは即席突撃棒を手に笑った。中央裁判所向かいの雑居ビル、その中にプフ・ケケンはいた。一時間ほど前に、不審な男が中央裁判所向かいの雑居ビルに入った。カカ・カの身を守るよう命ぜられたプフ・ケケンは、不審な男の後を付けた。ビル屋上からの狙撃。おそらく城の刺客だ。

 ビル内に人の気配はない。案内板を見るかぎり政府の施設のようだ。ますます怪しい。途中掃除用具箱を見つけたので、武器になるような物を探す事にした。モップを見つけた。プフ・ケケンは武器になるようなものを、ほとんど持っていたなかった。果物ナイフと軍手とタオル、後は、ヨン・ピキナが書いた新聞、本式の突撃棒を持って護衛につきたかったが、ホームレスがそんな物を持っていたら怪しいどころの騒ぎではない。モップの金具を取り外し、残った木の棒の先端を音を出さないよう慎重に削り、即席突撃棒を作った。ただの先の尖った棒ともいえる。気配を殺し、階段をのぼり、プフ・ケケンは屋上を目指した。


 城守の男は、狙撃銃をセットした。狙いは、まもなく裁判所から出てくる男、カカ・カだ。予備の計画のはずだったが、裁判官の一人が勝票を出した。その報告を仲間から無線で聞いたときは、驚きと同時に笑いもこみ上げてきた。まさかあの裁判官が、脅しに屈せず有罪判決をたたき出すとは、自らの腹を割き、王に脅されたと言い放ったそうだ。

「こいつはお預けだな」

 城守は、隣に置いてあるクーラーボックスを軽く叩いた。中にはフン・ペグルの胃袋が入っている。

 男は生まれたときから、城守だった。そういう風に育てられた。父親や母親という概念は最初から持っていなかった。ただ、自分に優しくしてくれる男と女がいる、それだけだ。城を守り王を守るため、血のつながっていない兄たちから、様々な技を習った。城を守り王を守ること、それに対して疑問を持ったことはない。この国の中枢ではないか。それを守ることは間違いなく正義だ。

 無線機から、何本か報告が入ってきた。裁判所内は軽い暴動が起こっているようだ。城にいる社会学者の言うとおりなら、ほおっておけが、この暴動はかなりの範囲に広がるそうだ。下手をすれば城の政治に軍が介入するきっかけとなりかねない。陸軍の連中は隙あらば、城の政治に介入しようと、手を伸ばし続けている。

 暴動の首謀者の射殺をもって暴動を止めるしかない。一人の人間を殺すことによって、大勢の人間の命を救うことができるのだ。躊躇する理由は無い。城守は狙撃銃のレンズを覗いた。


 プフ・ケケンは屋上の扉の前に立っていた。このドアの方向に裁判所がある。このドアを開けた方角に男はいるはずだ。

 おそらく相手は狙撃銃を持っている。開けた瞬間、銃口がこちらを向いている可能性もある。屋上の間取りもわからない。男とどれぐらい距離が離れているのかもわからない。ドアを開ければ確実に気づかれる。

 ドアノブを握った。怖い。当たり前だ。相手は銃を持っている。こっちは先の尖った棒が一本と果物ナイフが一本あるだけだ。

 いや、そうでもないか。

 あの時の、暴動より、ずっとましだ。相手は武器を持っているのだ。そして、そいつは人をあやめようとしている。


 城守は屋上のドアが開く音に気がついた。銃の調整に集中していたので、それまで、まるで気がつかなかった。城守は狙撃銃のレンズを見続けた。誰だろうか、この施設は城の関連施設だ。理由を付け全員退去させている。耳を澄ませ背中の気配を探る。こちらを見て突っ立っている。ビルの関係者なら声をかけてくるはずだ。それとも驚いて躊躇しているのか? こちらの出方をうかがっているのか。誰にしろ殺さなくてはいけない。仮にビルの関係者だろうが、暗殺を阻止しに来た何者だろうが、狙撃銃を構えているところを見られたのだ。殺さなくてはならない。

 問題はどうやって殺すかだ。狙撃銃は使えない。この銃は重くて長い、しかも銃の先端を屋上の柵から少し出している。できないことはないが、この体勢から振り返って撃つのは難しい。そもそも、銃声が出るのはまずい。もうすぐターゲットが出てくる。銃声を聞かれれば狙撃が難しくなる。拳銃も持っているが、これも銃声を聞かれたくないので、できれば使いたくない。銃以外で殺す必要がある。城守は自分が今、身に着けている武器のリストを頭の中で参照した。即効性のしびれ薬入りの投げ矢が十本、致死性の毒が塗られた投げナイフが三本、お気に入りの少し湾曲した片刃のナイフ、あとはワイヤー、催涙ガスが入ったスプレー缶。致死性の毒を塗ったナイフを投げることができればいいのだが、あいにく、胸ポケットのケースの中にしまっている。この体勢から出すのは難しい。痺れ薬が塗ってある投げ矢なら、ベルトのホルダーから、すぐに取り出し投げることができる。お気に入りのナイフは後ろの腰の部分につるしてある。これもすぐに使える。投げ矢で動きを止め、ナイフで殺す。城守はそう決断した。城守は、無線のスイッチを切り、狙撃銃の引き金から指を放し、ゆっくりとベルトの投げ矢に手を伸ばした。

「武器、持ってるんだろ」

 背後の男がそう語りかけてきた。


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