第43話、過去、現在、記事


 過去


 シン・タリ達四人は、キョ・イシリの埋葬を終えた後、港にいくことにした。この国で生き残る方法はない、ならば、国の外に行くしかない。そう考えた。

 服や食料を盗みながら、昼は山の中でねむり、夜になってから移動した。港に着くとその活気に驚いた。夜になっても電灯がともされ、人々が何かしら目的を持って動いていた。

 彼らは観察した。荷物に紛れ、そのままこの国を出よう。そう考えていたが、港の保安員が一つ一つの荷物を丹念にチェックしており入り込むのは難しそうだった。しばらく見ていると保安員のチェックがほとんど行われない荷物があることに気づいた。その荷物は海軍の軍艦に乗せられる船だとわかった。

 少年達は夜間の倉庫に侵入し、軍艦の荷物に隠れることにした。万が一閉じこめられ出られなくなる場合のことを考えリンゴとオレンジの木箱を選んだ。

 リンゴとオレンジをかじりながら、少年達はこのまま何とかなるんじゃ無いかと少し楽観的な気分になった。木箱を蹴られるまでは。


 艦長のハス・レシ・トレスはリンゴの箱を強めに蹴った。

「早く出てこい」リンゴの箱とオレンジの箱に声をかけた。

 船の倉庫は常に一定の温度に保たれている。軍の熱源探査装置を使えば、荷物の中に潜んでいる密航者がすぐにわかる。リンゴの木箱とその横のオレンジの箱に、二人ずつ計四名が入っているのがわかった。

 リンゴの木箱のふたがゆっくり開いた。中から少年が二人出てきた。

 まずい。少年の目を見たときハス・レシ・トレスはそう思った。その目には殺意があった。てっきりいつものように、くいあぶれた民間人が隠れ潜んでいると思っていたが、違う。痩せているが体は針金のように締まっている。しかも少年達は槍状の棒を持っている。部下に目をやるとやる気のない顔で遠巻きにこちらを見ている。オレンジの箱も開き、こちらからも少年が出てきた。一人は肩をけがしているようだった。

 同じ武器、訓練された肉体、軍の脱走者か。ならば覚悟はできているだろう。脱走兵は捕まれば死刑だ。死ぬ前に最後の一暴れ、そう考えているに違いない。四人とも殺気立っている。一歩でも動こうとしたら殺される。声を上げ助けを呼んだら、殺される。一番最初に狙われるのがハス・レシ・トレスだ。艦長になって十六年、三年後には定年になる。退役後には、やりたいことが山ほどあった。そのために様々な準備や人脈を作り上げてきた。それらがすべて、無に帰る。

 それにしても、すさんだ目をしている。なにが、ああ、そうか、暴動か、二、三日前ズンベレで暴動が起こったと聞いた。彼らはその処理をおこなったのだろう。ハス・レシ・トレスの心に怒りがこみ上げてきた。


 少年達は突撃棒を強く握りしめた。


 ハス・レシ・トレスはゆっくりと少年達に語りかけた。

「きみたち、ここで働かないか」

 リンゴが一つ、木箱から落ちた。



 新聞記事

 

 輪転機がまわっていた。中古とはいえ、元は新聞社の印刷所で新聞を刷っていたものだ。印刷前の新聞記事のデータをシン・タリ達がどこからか手に入れてきて、その新聞にヨン・ピキナの記事を差し込んだ。

「載っている」

 ヨン・ピキナはできたてのインクの臭いがする新聞をながめた。自分の記事が載っていた。本当に書きたかったものが載っている。

「本当は、国民見当新聞全購読者に配りたいんですけどね。首都を中心にいくつかの世帯と、あとは駅の売店におけるはずです」

「どうやるんです」

「途中で運搬中の新聞を束ごとすり替えます。その後は新聞配達員まかせです。どこに配られるのかまではわかりません」

「そうですか、でも楽しみです」

「ええ、そうですね。それに、今日は例の裁判があります」

「見に行きたいですが」

 フン・ペグルはシン・タリをちらりと見つめた。

「それはだめです」

 フン・ペグルの記事が載った新聞が人々の手に渡った時点でフン・ペグルは逃亡者だ。裁判所に行けば、あっという間に捕まる。それでもだ。それでも、フン・ペグルは、この裁判を見に行くつもりだった。最期まで見届けなければ、この記事は完成しない。そう考えていた。


  刑事


 刑事のコソ・ヒグは久しぶりに熟睡できた。裁判に出たあとは、怖くて自宅に帰れなかった。ずっと署の仮眠室で寝起きをしていたが、一生ここに住むつもりかと、部長に言われ、渋々自宅に帰ることにした。郊外の高級住宅街の一角にコソ・ヒグの家はある。王族の親族の端くれ、親が残してくれたものだ。庭は雑草がはびこっていた。おそるおそる家の中にはいり、すべての部屋を開けて調べた。代わり映えのしない広く薄汚いへやであった。冷蔵庫の中にあった食べ物や飲み物はすべて捨てた。開封済みの酒類も捨てた。それから久しぶりに風呂に入り、自分の部屋のベットで眠った。

 朝といっても昼に近いのだが、起きると、首のあたりのこりがとれ、背が少し伸びたような気がした。なんだかんだ言っても自分の家で寝るのは快適だ。起き上がり、リビングに入ると食卓のテーブルに新聞紙が置いてあった。身がすくんだ。コソ・ヒグは新聞を取っていない。あまり家には帰らないし、新聞なら署でとってあるものを回し読みすればいい。それが、コソ・ヒグの家のテーブルにある。近づいてみると、新聞の上に、定規で引いたような字で、"こいつを見てみろ"と、書かれた紙が置いてあった。

 こんなことをする人間は大叔父しかいない。コソ・ヒグはあきれながらも大叔父がくれた新聞を手に取ることにした。


 検事


 検事のニコ・テ・パパコは己の矮小さを感じながら、床についていた。あの刑事の所為で裁判の構図は大きく崩れた。メイドの死が自殺だとしたら、パン職人犯行説は成立しない。今まで積み上げてきたものもがすべて崩れた。世間の注目も私ではなく、あの刑事に移ってしまった。ような気がする。思い返すとあの刑事、かっこよかった。私が目指すべきはあの姿であったのではないか、権力に屈せず、己の信念のみに従う。とはいえ、信念にばかり従っていたら、出世しない。出世しなければ、結局のところ権力に屈していることになる。悩ましいところだ。

 このまま地方の一検事で終わるぐらいなら、勝負を賭けようといきこんでいたが、今考えてみると何でそんなこと考えたのか。横で熟睡している妻の言葉を思い出した。あなたは、熱中すると周りが見えなくなる。その通りだ。すべては己の矮小さが生み出した愚かな結果なのだ。

 謝ってみるか。

 しかし謝ると言っても、誰に対して何を謝ればいいのか。やはり、第一検事局長か。しかし何を謝れと、うまく裁判を誘導できなかったことか。しかし謝るということは、己の罪を認めることになるのではないか。罪を認めれば、次は罰が待っている。地位という物はそうやって、階段を降りるように無くなってしまうものだ。

 途中までは、うまくいっていた。そのあたりの責任を刑事と第一検事局長に押しつけることができれば、無理だろうな。おそらく第一検事局長も同じようなことを考えている。ことの責任を私とあの刑事に押しつけ自分の地位を守ろうとするはずだ。

 判決は、まず間違いなく王の勝訴になるだろう。しかし万が一、一票でもカカ・カに対して勝訴票が入れば、恐ろしいことになる。その場合は、その裁判官の責任の方が大きくなって、私の責任が小さくなるのではないか。そうはならないか、処罰だけはきめ細かい国だ。私もきっちり処罰されるだろう。先に辞表でも書いておくか、しかし、検事という地位が無くなれば、私を守る組織は何もなくなる。辞表の前に、病気休暇か、そこで様子を見るか。いや、今は何もせず、なにも無かったかのように日々の業務に邁進する方が得策かも知れない。

 とりあえず、朝が来たら妻に謝ろう。






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