第38話、猫と教官


 過去、訓練所


 教官に呼び出され、五人は、不安そうな顔で廊下を歩いた。

「どうなるのかな」

 キョ・イシリは子猫を抱き、目を潤ませていた。

「わからん、とにかく謝るしかない」

 シン・タリは言った。非はこちらにあるのだ。下手な言い訳などせず、謝り倒すしかない。

「なんとかなるって」

 サイ・タタラはキョ・イシリの肩をたたいた。

「うん、ごめんよ、みんな、僕の所為で」

 キョ・イシリはとうとう泣き出した。

「泣くなよ。俺も飼うのに賛成したんだから。それより、どこかで飼ってくれないかなぁ、食堂とかどうだろう」

 プフ・ケケンは言った。

「どうだろうな、あまりそういう雰囲気ではないな」

 食堂で働いている人たちは、彼らに対してかなりよそよそしかった。どこかおびえているような雰囲気すらあった。

「でも、まだましだぜ。呼び出したのがルト・アタ教官だ。ジェット・ケヌ教官よかましだよ」

 五人はジェット・ケヌ教官の苦虫をかみつぶしたような渋い顔を思い出していた。それに比べれば、いつも冷静な顔をしたルト・アタ教官の方がずっとましだ。

「そうだな、最悪ってわけでもなさそうだな」

 五人はかすかに笑いながら、教官室のドアをたたいた。


 挨拶をし、五人は教官室に入った。教官室には、ルト・アタ教官の姿しかなかった。教官は椅子から素早く立ち上がり、教官室のドアの近くで、立っている五人の前に来た。

「猫は?」

 ルト・アタ教官は言った。

「申し訳ありませんでした」

 シン・タリは頭を下げた。他の四人もシン・タリに続き頭を下げた。

「猫は?」

 ルト・アタ教官は再び問うた。

「あの、この子です」

 キョ・イシリがおずおずと、子猫を前に出した。

 ルト・アタ教官は子猫を慣れた手つきで受け取った。

「やせてるな」

 ルト・アタ教官は、猫を優しくなでながら、全身くまなく調べた。

「あの、先生」

「何か食べさしたのか?」

「ええと、豆乳を少しと、後ジャガイモとか」

 五人は自分たちの食事から少しずつ集め、猫のえさにしていた。

「給食のジャガイモか。あれは味付けしているから、猫には、あまり良くないだよね」

 どうも怒られる雰囲気ではないことに五人は気づいた。

「あの、教官、子猫の件ですが。怒らないんですか」

 サイ・タタラがおずおずと尋ねた。

「うん? そうだな、猫を君たちが飼うのは難しいよ。知識だってないだろうし、食事だってそうだ、君たちが用意できるものではない。二度とこんなことをしてはいけないよ」

 少年達は顔を見合わせた。とりあえず怒られたようだが、論点が大きく、ずれているような気がした。

「その猫、どうなるんですか?」

 キョ・イシリが尋ねた。

「残念ながら、君たちに任せておくわけにはいかないよ」

 少年達は肩を落とした。なんだかんだ言っても、五人全員、新しく仲間になった子猫がかわいくて仕方がないのだ。

「それで、どうなるんですか」

「私の部屋で飼う」

 ルト・アタ教官はこともなげに言った。

「えっ、そんなことしていいんですか?」

「何を言っているんだ。君たちだってやってたじゃないか。おあいこだよ」

 おあいこってどういう意味だよ。そういいたいのを我慢した。

「いや、そういうのではなくて、規律とかルールとか……」

 シン・タリの話を無視して、ルト・アタ教官は、子猫をじっと見つめた。子猫はぷるぷると頼りないひげをふるわせながら、「にゃ」と、鳴いた。ルト・アタ教官は「にゃー」と返した。

 五人は驚いた。いつも冷静な顔をした教官が、猫に向かって、にゃーとしたのだ。

 すると、子猫は瞳を転がし、小さな体で精一杯、にゃあと返した。

「まさかの猫好きか……」

 サイ・タタラがつぶやいた。


 その後、子猫と一緒に、ルト・アタ教官の部屋に行くことになった。教官の部屋に入ると驚いた。ベットとクローゼット、机といす、広い部屋ではない。その部屋に、十匹以上の猫が暮らしていた。

 少年達は驚きの声を上げた。

 なんのことはない、例の子猫は、ルト・アタ教官が部屋で飼っていた子猫が勝手に外に出て、少年達に拾われ保護されただけの話であった。

 それから時々、教官の自室に遊びに行き、猫と遊ぶようになった。子供らしい生活をしてこなかった彼らにとって、何より楽しいひとときであった。彼らと教官は猫と一緒に転がり遊んだ。一人、ソ・キ・ハナだけが時々叫び声を上げた。猫に頭を引っかかれたのだ。


 新聞記者


 いったい何の話をしてるんだ。新聞記者のヨン・ピキナは急速に興味を失った。こんな奴らの口車に乗せられ、あの記事を書いたのかと思うと、情けないやらなんやらで、田舎の母親のことを思い出した。いつか母さんに自慢できるような記事を書きたい。そんな夢をヨン・ピキナは持っていた。

「帰ります」

 そんな夢もたたれ、職も、うしなった男は、立ち上がり寂しく家に帰ろうとした。

「待て待て、運動会の話なんかどうだ。俺たち優勝したんだぜ。それで、賞金に、スケボーをもらったんだ」

「帰ります」

「じゃあ、あれはどうだ。山に遠足に行ったやつ」

「ああ、あれか、あれは楽しかった。猿がいて、シン・タリがクソ投げつけられた」

「帰ります」

「俺たちがなぜ集められたか興味はないか」

「か、それは」

 ある。陸軍はわざわざ子供達を集めて訓練をほどこしている。集めた子供達に何をやらせる気なのだ。ヨン・ピキナの記者魂がかすかにうずいた。

「あの施設で、何も知らない子供達にどんなことを教えているのか興味はないか」

 ヨン・ピキナは再び座った。


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