第33話、第四回裁判の終わり


 毒! 記者のヨン・ピキナは驚いた。


「なぜそんなことが言えるんだ!」

 第一検事局長が怒鳴った。

「ここにその証拠があります」

 コソ・ヒグは持ってきた紙袋を持ち上げた。

「あなたが証拠など」

 出せないことはない。ドブゾ・ドンゾの裁判制度には弁護士は居ない。新たな証拠を証人が出したところで、誰も異議など唱えない。そういえば、さっきもさらっと、ミトンを出していた。

 どうする、一度休廷をしたいが、理由がない。休廷はすべて裁判官の裁量に任せられている。新しい証拠が出たからと休廷を申し込んだとしても、それがとおる可能性は低い。目の前に証人と証拠がいるのだ。話を聞いた方が早いとおそらく裁判官は考えるだろう。検事と裁判官、どのような新しい証拠が出たところで、被告人を弁護する人間がいないため、被告人が不利になる、などと言う人間はいない。新しい証拠があれば裁判中に検事と裁判官が精査すればいい。その証拠が事件に関わりがあれば、採用し、裁判を続ければいい。この国の裁判はそうなっている。

「なぜ、裁判前に出さなかったんです? あなたは警察の人間だ。裁判のことぐらいわかっているはずだ」

 ニコ・テ・パパコは言った。

「すいませんね。忙しかったもので、出すの遅れたんです」

 消されるのを警戒したのか。もし事前に証拠物件として提出していた場合、証拠品として扱うが、裁判では取り上げなかっただろう。公の場で、傍聴人が見ている前で証拠を出されては、裁判で取り上げざるを得ない。

「それでその証拠とは」

 コソ・ヒグは、コピーされた紙を両検事と裁判官の付きの事務官に渡した。

「被害者、カカ・ミ嬢の死因究明書です」

 どよめいた。


 遺体はどこにあったんだ。検事のニコテ・パパコは驚いた。まさか海から引き上げたか? この日付は、ついこの間に書かれたものか、にしては遺体が新しい、冷凍されていた。どういうことだ。

「遺体をどこに隠していたんだ! そんな話は聞いてないぞ!」

 第一検事局長が声を荒げた。

「冷凍庫ですよ。漁港のカカ・カ氏の魚用の冷凍庫に保管してあったんです」

 視線がカカ・カに集中する。

 こいつ、隠していたのか。ニコ・テ・パパコはカカ・カをにらみつけた。


 裁判官のフン・ペグルは死因究明書を手に取った。だめだ。これはだめだ。裁判がひっくり返る。ああ、どうなるんだ。


 新聞記者のフン・ペグルは驚いた。流れが、一瞬にして回転した。遺体を冷凍庫に保管だって、漁師だから出来ることだ。冷凍庫がある家なんてほとんど無い。じゃあ、葬式は、遺体を入れずに沈めたのか。カカ・カは、彼は何を考えているんだ。こんなことが起こるなんて、一体どうなるんだ。


 検事のニコテ・パパコは死因究明書を食い入るように見つめた。なんだってこれじゃあ、毒殺、いや、自殺の可能性もあるのか。てっきり包丁か、なにかで殺害しているものと思っていた。考え直さなければ、パン職人が毒でメイドを殺し遺体を切り刻む、無理がある。なら、自殺の線で考えれば、自殺したメイドの遺体を切り刻んで家族の元へ送り届ける。これも無理がある。とすると、パン職人が毒で殺し遺体の運搬のため解体した。その後、裁判が行われることを知り絶望して自殺をした。この線で乗りきるしかない。

「これによると、死因は毒物による中毒死ということですが、これは、殺害方法がメイドのカカ・ミ嬢の殺害方法がわかったということは大変興味深いことですが、大筋においてあまり変わらないのではないですかね」

 ニコテ・パパコはちらりと第一検事局長を見た。

「そうだ。その通りだ。変わらない、パン職人が毒で殺し、自殺した。何ら変わらない」

 第一検事局長は勢いづいた。

「いえ、メイドのカカ・ミ嬢が殺された可能性は少ないでしょう」

「殺されてないと」

「ええ、胃の内容物にカプセルが少し残っています。その大きさのカプセルとなると無理矢理飲ませることも何かに混ぜてのませることも難しいです。そうなると、カカ・ミ嬢は自らカプセルを飲みこんだと言うことになります」

「自殺だと」

 第一検事局長は驚いた。それと同時に、メイドの死が自殺だとしたら、この裁判は、この騒ぎは、何の意味があったのだ。そんな考えが法廷に広がった。

「あなたの言うとおり自殺だとして、なぜ、遺体がバラバラにされたのです」

 内心のいらつきと焦りを表に出さないようにしながらニコテ・パパコは質問した。どう考えても、そんなの不自然だ。

「私はフウ・グ君の縊死事件の担当ですので、はっきりとはわかりかねます。ただ、一つの想像というか、憶測と言ってもかまいません。それがあります」

「想像と憶測ですか。あなたは想像や憶測をこの場でしゃべるおつもりですか。裁判なんですよ。人を裁く場所で何の証拠もないお話をするつもりですか。この場にふさわしくない話です。やめていただきましょう」

 この刑事は何かをまだ持っている。ニコテ・パパコはこれ以上コソ・ヒグの話を聞くのは危険だと考えた。

「しかし」

「裁判なんですよ。刑事さん、どうぞお帰りください」

 コソ・ヒグは口ごもった。確かに裁判で想像や憶測を話すのはふさわしくない。しくじった。

「まあ、想像でも憶測でもいいじゃないですか。聞きましょう」

 思いもよらぬところから助け船が出た。第一検事局長である。メイドが自殺だとすると、この裁判自体成立しない。第一検事局長にとっては、コソ・ヒグの話は都合のいい話に思えた。

「ありがとうございます。小さな事実をごまかすために、大きな騒ぎを起こしたのではないか。私はそう思っております。つまり遺体をバラバラにしたのは、その小さな事実をごまかすためです。究明書の三ページを見てください。遺体の内太ももの肉が一部切り取られています」

 コソ・ヒグは邪魔されまいと急ぎしゃべった。

「それがなにか」

「バラバラにした目的はこの傷を隠すためではないでしょうか。つまり、バラバラにしてしまえば、その印象が強すぎて、肉体の細部、内太ももの肉の欠損など目に入らなくなってしまいます。だから、わざわざバラバラの遺体を家族に届けたのです」

「確かに、そうかもしれないが、それが何の意味を持つんだ」

 第一検事局長がいぶかしげに言った。ニコテ・パパコはある想像に思い至り、顔をしかめた。

「鶏肉を落としてこうなった。確か、城の使いがカカ・カ氏にそういって、妹さんの遺体を渡した。間違いありませんね」

「ああ、確かにその通り、ばかげた話だがね」

 鼻で笑った。

「それがカカ・ミ嬢自殺の原因ではないかと、私は思っております」

「なに? とすると君は、メイドが鶏肉を落としたことを気に病んで、自殺したというのかい」

 第一検事局長は、この刑事はおかしいのかと顔をしかめた。

「いいえ、落とした鶏肉の代わりにされたのではないかと、私は思っています」

 思考が少し詰まり、それが抜けると、法廷は凍えた。あり得るのか、そんなことが、鶏肉を落としたと、その責任を取らされ、肉を切り取られる。あり得るのか。

「馬鹿な! ない! そんなことは絶対ない!」

 第一検事局長が怒鳴った。

「毒入りのカプセルを一つ渡され、生きたまま、肉を切り取られるか、それとも死んでから肉を切り取られるか。もし、そのような選択の決断を迫られたら、どうしますか」

「だまれ! だまれだまれ! 不敬罪だ! おまえを不敬罪にしてやる!」

 第一検事局長は顔を真っ赤に怒鳴り散らした。

 証人は下がった。カカ・カはその後ろ姿を最後まで見つめた。


 記者のヨン・ピキナは震えた。王だ。この国の絶対権力者ならそんなこともできるのではないか。人間を鶏肉代わりに、この国をゆがめ続けてきた王ならば、あり得るのではないか。これが事実なのかどうかわからない。だけど、それをなぜ確かめられないのだ。どうしてそれができない。どうしてそれが書けない。震えた。


 それから、何人かの証人が呼ばれ、両検事は軌道修正を行った。それ自体はうまくいっているように見えたが、裁判所内の空気は、刑事コソ・ヒグの話を引きずっていた。鶏肉を落として殺された。その言葉の持つ意味が徐々に重く裁判所にいる人々の心の中にのしかかっていた。

 王は、何を考えている。

 王は正気なのか。

 第四回の裁判が終わり、次の裁判で結論が出されることになる。

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