第21話、大叔父

 大叔父


「やっかいなことに首を突っ込んだな」

 コソ・ヒグの大叔父であるベルロ・ヒグは革張りのソファーに座り、顎髭をさすりながら言った。大叔父のベルロ・ヒグは情報庁に勤めていた。今は引退して一人でマンションで暮らしている。

「それは、わかってますよ」

 コソ・ヒグは答えた。城守のことを知りたくて、コソ・ヒグが連絡を取って尋ねた。事件についても、巻き込んで申し訳ないと思ったが、知っていることはすべて話した。そうしないと、城守について話してくれないと思ったからだ。

「城守についてだがな、あれは古い組織で、王直結の独立した情報機関だ」

「なにをしているんです」

「王や城の警備、諜報活動、あとは汚れ仕事だな」

「そうですか」

「基本的に、王を守るための組織だ。逆を言えば、お前の命はだぶん安全だ」

「たぶんですか」

「ああ、たぶんだ。奴らは、王に仕えている。王に絶対的忠誠を誓っている。中には子供の頃から、王や城に対する忠誠心をすり込まれている者もいる。だから、王族の端くれであるお前さんに、危害を加えるようなことは躊躇する可能性がある」

「なるほど」

 王という血統に重きを置いているなら、その血統の末端であるコソ・ヒグにも手は出しにくいと言うことか。

「逆を言えば、それ以外の人間はどうなろうと、どうでも良いと考えている。そういう連中だ」

「では、王を守るために、一連の事件を犯したと言うことですか」

「ふむ、にしては、ずさんだな。逆に王の不利益になっている」

「ええ、そうなんです」

「まさか、メイドの兄が王を訴えるとは思っていなかったんだろうが、まぁ、へまはへまだな」

「見せしめではないかという話もありますが」

 部長との会話で出た話だ。

「その可能性はあるな。だが、なぜ漁師の兄にそのメッセージを渡したんだ。カカ・カという男に、なにかあるのか」

「わかりません。まだあってもいません」

「見せしめだとしたら、城守の連中は、メッセージを送りたい対象のことをわかっていないかも知れないな」

「というと」

「そのメイドのカカ・ミが何らかの組織の末端だと仮定する。だが、その組織がなんなのかわからない。目的もだ。だが、とりあえず釘を刺しておきたい。ただ単に死体をその辺に放置しておくのでは、メッセージ性が低い。そこで、メイドの兄に死体を渡した。メッセージ付きでな」

「なるほど」

「鶏肉を落としてこうなった。実際にあったことなのかもしれないな」

「どうしてそう思うのです」

「見せしめにしろ脅しにしろ、伝わらなければ意味はないだろ。実際に鶏肉を落として、バラバラにされたのかもしれんね。もしくは」

「なんです」

「ただ単に、一連の事件は、メイドが鶏肉を落としてこうなっただけかも知れん」

 大叔父は肩をすくめた。



 警察署


 コソ・ヒグは仮眠室にいた。あれから一時間ほど大叔父と話をした。

 仮眠室の中では、他の刑事達の寝息や歯ぎしりの音が聞こえた。この事件はいったい何なんだろう。当初は見習いパン職人の縊死事件だった。その後見習いパン職人、フウ・グの部屋から、肉切り包丁が出てきた。五体バラバラのメイド、それを裁判に訴えた兄、親方以外、信用のできない城の連中、城の情報機関、わからないし、怖くもある。

 この国の監獄は劣悪だ。普通に生きている人間が、飢えて死ぬような国だ。監獄はもっとひどい。監獄の中で食事は一日一食しか出ない。それもわずかな量だ。それすら油断すれば周りに居る受刑者に奪われる。あとは自分の金で買うか、親族や関係者に差し入れをしてもらわなければいけない。裕福な家の者ならなんの問題はない、だが、飢えて犯行に至ったものは、どうしようもない。親族も皆飢えているのだ。そういう受刑者は刑務所で飢えて死ぬ。それがわかっていて、コソ・ヒグは今まで犯罪者を捕まえ、刑務所に送ってきた。

 自分の行いに悩んだ時期もあった。飢えた子供にミルクをあげるため、病気の親に精のつくものを食べさしてやるため、ものを盗む。それが悪事ではないということもわかっている。だが、飢えた人間は恐ろしく残虐になる。食うために一度犯罪を犯せば、罪悪感が薄れ、それが、明日の糧になってしまう。捕まえなければさらに犠牲者が出る。悩んだ末、コソ・ヒグは一つの結論を出した。法をやぶる人間は理由立場にかかわらすべて逮捕する。たとえそれが、誰であれ。だからやめることはできないのだ。


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