第6話 セルヴァンの事情

 夜の帳の中。

 身軽なセルヴァンは梟のように木の枝にとまって、青く冴えた月を眺めていた。


(だんだん聖鞘帝国に近づいてきたな)


 懐かしい気持ちとほろ苦い思いが胸に湧き上がる。


 ――彼は、聖鞘帝国皇帝の第三皇子だ。


 遊学中に魔王復活の報せを受けて帰国の途中、魔物の襲撃に遭い従者を喪い、無一文で逃げている最中にデリックに出会い助けられた。セルヴァンがたしなみとして身につけていた狩猟スキルはデリックの剣技と相性が良く、目的地が同じこともあってなんとなく行動を共にするようになった。

 そして、偶然入った酒場で……男装の美少女アレンを見つけた。

 彼女は精一杯男っぽく振る舞っているつもりだったが、完全に女の子だった。

 あんなに純粋で可愛い女の子が悪い大人に騙されずに一人旅を続けてこられたのは、ひとえに紫紺の大狼というおっかないボディーガードがいたからだろう。

 隣町に向かうというアレンに同行を申し出たのは、か細い彼女が危なっかしくて放っておけなかったから。

 しかし、蓋を開けてみるととんでもない。

 アレンは支援魔法のエキスパートだった。特に浄化魔法は帝都の大神官を凌駕するほどの実力だ。

 聞けば最終目的地は聖鞘帝国だということで、セルヴァンとデリックは喜んでアレンをパーティーに迎え入れた。

 魔王が復活して一年、三人で旅をするようになって半年。

 次々と襲いくる魔物に足止めされ、旅程は遅々として進まないが……。それでも、確実に帝国に近づいてきている。

 セルヴァンは、一緒に旅しているうちに自分の気持ちに気がついた。


(俺はアレンが好きだ)


 年頃の女の子が性別を偽り、仲間の前では明るく元気な姿しか見せないくせに、たまに隠れて涙を零している。

 そんな健気でがんばり屋の彼女に、惹かれないわけがない。

 しかし……。


(俺、許嫁がいるんだよね)


 顔も知らない、国同士が決めた婚約者。

 ただ、許嫁の母国であるキュリア王国は魔王軍によって壊滅し、許嫁である第二王女も聖女と称される第一王女も消息不明だというが。


「……安否不明だからって、他のに手を出すのは不実だよなぁ」


 婚約解消するにしても、皇帝である父の許可が必要だ。それに、


(巷の情報によると、帝国うち第一第二皇子兄たちが魔王軍討伐に出征して戻ってきていないらしいからな)


 もしものことがあった場合、セルヴァンは世継ぎになる可能性がある。

 彼が皇帝になってしまったら、庶民であるアレンと結婚できる確率はゼロだ。放蕩息子のセルヴァンだって、帝位の重さは理解している。


(俺にはアレンを幸せにできない。でも、デリックなら……)


 デリックはズケズケ物を言うデリカシーのない奴だが、嘘のない善良な人間だ。

 あいつは明らかにアレンに惚れている。きっと彼女を大切にしてくれる。

 帝国に戻ったら、俺の権限のすべてを使って、彼らを祝福しよう。

 セルヴァンは心にそう決めていた。


 でも……。 

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