冒険者たちには事情があって

灯倉日鈴

第1話 冒険者たち

 グオオオォォォオオン!!


 くらい森に、身の毛もよだつ咆哮が響き渡る。

 三人の冒険者の前に突如現れた赤竜レッドドラゴンは、百年杉より巨大な体躯を震わせ、長い顎を垂直に開いて人間どもにゴウッ! と灼熱の業火を吐き出した!


「耐火障壁!」


 押し寄せる炎の激流に立ちはだかり呪文を唱えたのは、三人の中で一番小柄な少年アレン。

 サラサラなショートボブの銀髪が印象的な彼は、白木の杖を振って魔法の壁を出現させ、赤竜の火炎攻撃を退ける。

 アレンが防御魔法を展開している間、他の二人だって暢気のんきに休んでいたりはしない。

 二人目の冒険者、光の海のような長い金髪をゆるい三編みにした優男セルヴァンは、木々の隙間を跳ねるようして高い枝に降り立つと、流れる動作で弓を構え、続けざまに二本の矢を放つ。

 銀の閃光と化した矢は、吸い込まれるように赤竜の黄色く濁った両目を射抜いた。


 ギャオオォォォン!!


 痛みと奪われた視覚に悶絶する赤い怪物。それが呻きを上げて首を反らす一瞬を、三人目の冒険者は見逃さなかった。

 銀の鎧を身に纏った黒髪の青年デリックは、装備の重さを感じさせない軽さで地を蹴ると、


「てやああぁぁっ!」


 気合一閃、身の丈ほどもある長剣で竜のくびを胴から斬り落とした!

 先に頭が、一拍遅れて身体が。木々をなぎ倒しながら土煙を上げて地面へと倒れ込む。

 四肢を痙攣させながら絶命する赤竜にデリックははあっと大きな息をつくと、剣の血を払って鞘に収めた。


「相変わらずバケモノみたいな剣さばきだな」


 ヒュウっと軽薄な口笛を吹いて、セルヴァンが枝の上から飛び降りてくる。


「バケモノは余計だ。セルヴァンこそ、ネズミよりすばしっこい」


 剣呑な声で返すデリックに、二人は睨み合って……ふふっと同時に噴き出した。剣士と射手のケンカ漫才はいつものことだ。

 竜の死体を前に佇む二人の青年に、少し離れた場所から小柄な少年が手を振っている。


「おーい! 二人とも、おつかれー!」


 愛くるしい笑顔でアレンが仲間に駆け寄ろうとした、その時。


 ゾブリッ!!


 いきなり地面から生えた腕が、彼の足首を掴んだ。


「うわっ!」


 現れたのは死臭を撒き散らす醜悪なグール。魂のない魔物は、気づかぬうちに地中に潜んで油断した冒険者を襲う機会を窺っていたのだ。


「くっ、あっ!」


 アレンは咄嗟に杖を振るうが、呪文を唱える前にグールに引き倒されてしまう。腐った屍鬼は地面に転がる少年に覆い被さり、瑞々しい肉に喰らいつこうと口を開く。


「アレン!」


 セルヴァンとデリックは真っ青になって仲間の救出に走り出すが、間に合わない。

 少年のか細い首筋に、グールの不潔な歯が食い込む……寸前!

 紫紺の影がグールを吹き飛ばした。

 月夜に煌めく宵闇色の毛皮を持つ熊ほどもある狼が、体当りしてアレンから魔物を引き剥がしたのだ。

 紫紺の狼はノロノロと蠢くアンデッドの胴体を太い前足で押さえると、バキリと頭蓋骨を噛み砕いた。頭を失ったグールは、それでも不死者らしくまだ手足を緩慢に動かし続けている。

 ここまで来たら、アレンの出番だ。


「ウォルタナ、下がって!」


 指示に従い狼が飛び退くと、少年はグールに杖を向けた。


「汝、光の中に永久の安らぎを得よ。浄化!」


 呪文の発動により地面に魔法陣が浮かび上がり、青く淡い光が溢れ出す。彷徨える魂を安寧へと導く道標。その光が治まる頃には、グールは骨の欠片一つ残さず消滅していた。

 仕事を終えたアレンはくるっと狼に向き直ると、そのもふもふの首に抱きついた。


「ありがとう、ウォルタナ! お陰で助かったよ!」


 幸せな顔で頬ずりをしてくる少年に、紫紺の大狼も得意げにパタパタと尻尾を振る。


「まったく、アレンの浄化魔法は大神官並だな。とても市井の魔法使いとは思えない」


 呆れた風に感想を述べるデリックに、セルヴァンがうんうん頷く。


「ね! デリック、セルヴァン。今日はここで野宿しようよ。さっきの魔法でこの辺一帯が浄化できたから安全だよ」


 狼の顎を撫でながら屈託なく笑う少年に、青年二人は目を合わせて肩を竦める。


「じゃあ、俺がテントを張るから、アレンは火をおこしてくれ。デリックは竜の解体な」


 荷物を紐解くセルヴァンに、アレンもデリックも各々作業に取り掛かる。ウォルタナは忙しなく働く人間たちを横目に、大あくびしながら後ろ足で顎を掻く。


 ――魔王が復活して一年。魔物と恐怖が溢れるストラーナ大陸。


 そんな混沌の世界を旅する冒険者がいる。

 魔法使いのアレン、射手のセルヴァン、剣士のデリック。そして、大狼のウォルタナ。

 三人と一匹の冒険者は固い信頼で結ばれていたが……。


 そんな彼らにも、仲間に言えない秘密があった。

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