第5話 胸騒ぎ

 午前二時頃。中々寝付けない僕と彼女は、明日猛暑日になるだとか、かき氷で一番何味が好きかとか、初恋はいつ頃だったかとか、そんなごく普通のたわいもない話をした。およそ一時間ほど話したのち、僕はようやく眠気と合流した。

「ふぁぁぁ…………」

 僕は情けない声のあくびをして、目を擦った。

「そろそろ寝る?」

「…………先、寝てて? 私まだ眠れそうにないから」

 彼女はそう言って起き上がり、解けた靴紐を素早く結んだ。蝶々結びが出来上がると、みて、可愛いでしょ、なんて言ってキャッキャと笑った。

 先程とは打って変わってハイなその姿は、明日全てを終わらせると言った人間とは、まるでかけ離れていた。

「……これからどこか行くつもりなんだろう? 僕が寝たら、律はきっともう此処には帰ってこない。そうだろ」

 僕は不安を零した。

「大丈夫だって、お兄さん心配し過ぎだよ」

「心配するだろ、律は大切な……」

 大切……? 今僕は、大切な、なんて言おうとしたんだろう。自分の発した言葉に疑問を抱いた。

「朝になるまでに必ず帰る、約束する」

「…………分かった」

 それから彼女は手を振りながら、笑顔で電車を降りた。その笑顔は、まるで未練なんてないように僕の目に映った。咄嗟に、彼女を引き留めようとしたけれど、ぐっと堪え僕は手を振った。

「気をつけるんだよ!」

 十メートル先を歩く彼女に届くくらい、僕は大声で見送った。まるでなにかに取り憑かれた様に足早に歩くその後ろ姿に、僕は、嫌な胸騒ぎがした。

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