第7話 獣人少女を標識で助けよう

「つべこべうるさいやつだ! その獣人を庇うというなら貴様も同罪だぞ! 捕まえて奴隷にしてやる。それでもいいのか? 獣人ごときを庇って奴隷に堕ちるなど馬鹿らしいだろう!」


 奴隷商人がカッカしながら捲し立ててきた。ムキになりすぎていてますます信憑性を無くしてしまっている。


 とは言え、話を聞いてると冒険者ギルドもフェレスの責任だと認めてるようだ。獣人差別が顕著な国とは言え冒険者登録している彼女にそこまでするのだからもしかしたらそれ相応の貴族が関係しているのかも知れない。


 冒険者ギルドは表向きは完全中立な機関を謳っているが裏金などを受け取り貴族に優遇な態度を取るギルドも少なくないと聞く。


 この奴隷商人と一応は話してみたが、これ以上は意味がないだろう。彼らは引く気がない。


「疑わしいからにはフェレスの話を僕は信じるよ」

「そうか。馬鹿な奴だ。そんな獣人一人の為に犯罪奴隷に成り果てるというのだからな」


 奴隷商人が唇を歪めた。もう考えを改めるつもりはないだろう。だからといってここで捕まるつもりは僕にはない。素性が知れると僕は厄介な立場でもあるから捕まるわけにはいかないんだ。


「フェレス。ここから逃げるいい手はある?」


 こそっとフェレスに聞いてみた。彼女は冒険者だから何か手があるかもしれない。


 標識召喚を上手く使っていきたいところだが、出来れば僕が召喚師だということは隠しておきたい。


「一つだけ――手が、あるにゃ!」


 フェレスが何かを地面にぶつけた。途端に煙がもくもくあがり視界が狭まる。


「煙玉にゃ!」

「なるほど。流石だね」


 フェレスの手を引いてその場から逃げることを考える。


「くそ! また煙か! おい早くなんとかしろ!」

「わかってますよ。おい、そのためにお前がいるんだろう!」


 声が後ろから聞こえてきた。様子から察するに煙に巻くのはこれが初めてではないのだろう。最初に逃げ出したときも同じ手だったのかも知れない。


「ワールウィンド!」


 更に続く声と風の発生音。奴らどうやら風魔法で煙を吹き飛ばすつもりだったようだ。確かに風を上手く利用すれば煙は晴れるだろう。


「対策されてたにゃ!」

「やっぱりこれが二回目?」

「うぅ、他に手はなかったにゃ……それに今のが最後の一つにゃ……」


 細い声でフェレスが答えた。三度目はないということか。だけど問題ない。召喚魔法を行使するところは見られたくなかったけど、ここまできたらその心配はない。


「さっさと追いかけろ!」

「「「「へい!」」」」


 あの奴隷商人の声に続いて数人の取り巻きの声がした。追いかけてきてるのがわかる。


「ここで連中を足止めする」

「え? どうするにゃ?」

「こうするのさ。標識召喚!」


 僕はその場に一本の標識を立てた。暫くして四人の取り巻きが姿を見せる。


「覚悟を決めたか?」

「少しは利口なようだな」

「悪いけど捕まる気はないよ。それより警告だ。そこから近づくつもりなら何が起きても保証出来ないよ」

 

 警告を発する。僕の右隣りには黄色い標識が一本立っている。


「は? 何を言ってやがるこいつは」

「待て、アイツの隣に妙なものが立ってるぞ?」

「何だあれ? 奇妙な絵が刻まれてるな」

「そんなものハッタリに決まってる。一斉に掛かれ! 一気に動きを封じるぞ!」


 少しは警戒したのもいるようだけど、結局無視して距離を詰めようとしてきた。


「ガハッ! な、何だ!」

「ひ、ひぃ!」

「う、うわぁああぁ!」


 先ず一人の足元が崩れ落とし穴となり底に落ちていった。更に左右から木が倒れて二人を押しつぶしてしまう。


「お、お前何しやがった!」

「……一人残ったか」

 

 出遅れた一人だけが僕の標識召喚・危険から逃れたようだ。この標識は標識に近づいた者に何かしらの危険な現象を引き起こす。


 後ろの一人は止まったままでいたのが結果的に功を奏した形だ。厄介なのは見るからに相手が弓持ちだということ。そこから矢をいられるとこの標識のままだと意味がない。


 仕方ないこの標識は一旦消して召喚し直すしかないか、と思っているとヒュンッと風切り音がして残った一人の額に鉄球が当たり倒れた。


 完全に意識を失ってる。振り返るとフェレスがニコッと微笑んだ。


「スリングショットにゃ!」


 フェレスが得意顔で答えた。スリングショット――ゴムの弾性を利用して鉄球などを飛ばす飛び道具。フェレスはどうやら袖の中にスリングショットを仕込んでいたみたいだ。


「助かったよありがとう」

「これぐらいなんてこと無いにゃ。それにお礼を言うのはあたしの方にゃ!」


 耳をピコピコさせながらフェレスがお礼を伝えてきた。悪い気はしない。


「この連中が気がつくと厄介だし他の追手が来る可能性もある。急いでここを離れよう」


 フェレスが首肯する。ここでは命を奪わないのが正解だ。フェレスもそれが判ってるから気絶程度に抑えたんだろう。現状真偽はともかくフェレスが罪人扱いになっているのは確かだろう。


 この状態で下手に相手の命を奪うと却って罪が重くなってしまう。今ならまだ借金を踏み倒した冒険者が逃げた程度の話だ。


「標識召喚・最低速度50km」


 改めて標識を召喚する。こっから離れるにはこれが最適だ。


「何か不思議な魔法にゃ。これは一体何にゃ?」

「そうだね。移動しながらでも説明するよ。ただ今は急ぐ必要があるからこの棒を掴んでもらっていい?」

「こうにゃ?」


 僕がそう伝えるとフェレスが素直に標識の棒部分を握りしめた。僕も握りしめると標識と一緒に一気に加速して動き出す。


「ななな、何にゃこれは何にゃ!」

「僕の召喚魔法。これで素早く移動できるよ」


 僕の魔力が続くまでではあるけどね。でも今の魔力ならかなりの距離が稼げるし逃げ切ることは難しくないだろうね。

 

 そして僕は移動しながらフェレスに標識召喚について説明した――

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