眠る国

 眠りについたのはいつだったか。

 遠いはるか昔、まだ氷と雪に閉じ込められる前の時代に。

 ただ飽いたのだ。

 生きることに。

 だから眠ることにした。

 我らの創造主も眠りにつき、丁度いい。


 不変の世界のなんとつまらないことか。

 

 我々は眠り続ける。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 悲鳴は吹雪にかき消されて消えた。

 凍った唇をパクパクと開閉させながら、絶望の色をともした顔は歪にゆがんで。

 ――――――落ちた。

 

 たまたま雪で覆い隠されていた崖を踏み抜いた時、周りの時間が止まったような感覚がして、そして加速。気がつけば、真っ暗な闇が牙をむいた底なしの崖に放り出されていた。

 ゴオオォォォと猛烈な風に煽られて、崖際に押し吹かれる。


「――――――あっ」


 壁から伸びた突起を掴もうとして、失敗した。


「やばいやばいやばい、やばいって!」


 落ちながらも何かを掴もうとして闇雲に腕を振り回すが、それはいたずらに傷を増やすだけだ。


「たすけて――――――っ」


 帽子が頭上に飛んでいく。

 手袋も、靴も。

 背中側から落ちていき、少年は闇に呑まれた。


 


 ――――――

 ――――……

 ――…………


 全身に走った痛みで少年は目を覚ました。

 生きて、いる。

 瞼が重く、中々目が開かない。

 外は夜だろうか。

 瞼を開いても真っ暗だ。

 上半身を起こそうと、腹に力を込めようとしたが、背中に走った鋭い痛みのせいで起こせなかった。

 今度は体を横に向けようとして、今自分が倒れている場所が柔らかな雪の上だと気づいた。

 柔らかすぎて、力を込めても沈むだけでまったく意味がない。

 どうしようもない現状に、痛む体、視界が効かない現実。


「くっそー!」


 思わず声を出してしまい、慌てて口を閉じる。

 声は幾重にも反響した。


 とにかく、どうにかして起き上がらなければ。


 動く手を精一杯活用して、なにかないかと彷徨わせる。すると、右手がコツンと何か硬い物にあたった。

 天の助けとばかりにそれをぎゅっと掴み、力を込めて体を起こす。鋭い痛みが全身を走ったが、目をつむって耐えた。


「はあ…、はあ…、はあ…」


 痛みで滲む汗をぬぐって、なんとか立ち上がると、目を細めてあたりを見渡した。


「どこだろうここ………。いてっ」


 とれだけ目を凝らしても、真っ暗な世界に光が差すことはなく。恐る恐る足を進めた先で、何かに体がぶつかった。


「なんだこれ………ツルツルしてる…」


 それはすべすべとしていて、手を滑らせても何かに引っ掛かることがない不思議な壁だった。そして、ほのかに温かい。


「あったかい………」


 壁にぴたりと体をくっつけると、その暖かさにほっと息をつく。男たちに追いかけ回され、崖を転落し、痛みに耐えて歩いてきた。その疲労が、気を抜いたことで一気に襲いかかってきて頭がぼーっとしてくる。


 寝たらだめだ………。


 そう思うのに、なぜか体が言う事を聞いてくれない。閉じていく視界を必死になって開けようと頭を振るが、グワングワンと頭痛がひどくなるだけだった。


 少し寝て、そしたらすぐ起きよう…。


 猛烈な眠気に抗えずに目を閉じれば、意識はすぐに落ちていく。


 その様子を、じっと見つめる目があることに気がつかずに。



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