第2話 西の果てに落ちた東の龍

 西大陸の北西から南西にかけて長く広がる森に突如轟音が響き渡った。


 大地を揺るがす程の振動と木々がなぎ倒された音に、多くのモンスターがパニックに陥った。

 一瞬にして慌ただしい空気に変わった森の中、ぽつんと建てられた小屋から人影がふたつ現れる。

 片方は短く切った白髪に日に焼けた肌の男で、歳は七十代前後か。目尻の皺が目立つが、赤錆色の眼は鋭く、服の上からでも筋肉質な身体を持っているのが分かる。

 もう片方は男と同年代の老女で緩やかなローブを纏い、長い白髪を緩く三つ編みにしている。


「なんだ今の音は……地震か……!?」


「……いえ、大地の力は感じられません。ですが……」


「どうしたレイラ」


 レイラと呼ばれた老女は群青の眼に困惑の色を浮かべている。


「……僅かに、ドラゴンの魔力を感じます。マリク、行くならば慎重に」


 龍と聞いて目を見開いたマリクはひとつ頷き、斧槍を持つ右手に力を込めて歩き出した。レイラも半歩程空けて、身体の前にロングスタッフを構えながらマリクに続く。


 世界の理のひとつに、中央に近づく程生物は穏やかで弱い種が多く、端に行けば行く程凶暴で強い種が多くなるというものがある。

 此処は西大陸の更に西の端に位置する、通称「西の果ての森」。熱帯雨林に属する此処は多種多様な生物が生息しているが、その殆どが冒険者・ハンターズ両ギルドがA~Fで定めているモンスターの危険度ランクで表す所のC-ランク迄に分類されている。世界有数の危険地帯である。


 そんな西の果ての森を住処とする生物達が今、恐慌状態に陥っている。

 遥か昔に起こったとされる隕石の落下か、それとも別の何かか。マリクとレイラは警戒しながら、時々向かってくるモンスター達を峰打ちや睡眠魔法で鎮めながら、龍らしき魔力の元へと向かった。


 やがて不自然に拓けた場所に辿り着いた。木々はなぎ倒され、地面は抉れている。隕石と思しき物体は見当たらないが、代わりに西大陸ではまず見ないものがそこにいた。


「この姿……東龍イーストドラゴンか…!?」


 龍は生息しているのが西側か東側かで大きく姿形が異なる生物の一種だ。

 巨大な蛇の様な胴体に短い四本の足。頭部には二本の角があり、その間から長い鬣が尾に向けて生えているのは東側に生息する龍の姿であり、イーストドラゴン、或いは東大陸やその北東にある極東の島国での呼び名に倣ってリュウとも呼ばれている。


 東龍は美しい深い青色の鱗に被われた身体のあちこちから血を流して横たわっていた。


「マリク、こちらへ!」


 頭部の方にいたレイラの緊迫した声にそちらに向かうと、東龍と眼が合った。その眼は鱗と同じく深い青色で、何かを訴えている様に見える。

 生きている事に驚愕したが、吐血した口元を見て更に驚愕した。


「……子ども!? 子どもを咥えて落ちてきたのか!?」


 血に染まった布に包まれた、おそらくは二・三歳位の淡く緑がかった白髪の幼子。落下の衝撃は相当なものだったと思われるが、瞼は閉じられている。

 マリクと視線を合わせたレイラが頷き、次に東龍に目を合わせながら恐る恐る口元へと両手を伸ばす。抵抗された時を考えてマリクは臨戦態勢を取っていたが、東龍は二人を見つめるだけで大人しく、幼子がレイラに抱かれた後は口を閉じて深く息を吐いた。


「このドラゴンは一体……いや、それよりレイラ、その子は……」


「生きています。見た所外傷は無く、お包みの血はドラゴンのものかと……でも何故……」


 東側に生息する龍に、西の果てまで連れてこられたのか。

 その答えを訊くにも二人には龍と話す手段が無い。


 グルゥ、と低く鳴いた東龍にレイラは幼子を庇う様に抱え、マリクがレイラと龍の間に割って入った。

 しかし東龍は身体を起こしただけで攻撃してくる素振りは見せず、静かにマリクとレイラを見つめる。


「………グルルルル……」


 何かを伝える様に鳴き、ゆっくりと瞼を閉じて身体を横たえた。

 そしてそれっきり、二度と動かなかった。


「亡くなったか……」


「マリク、とりあえずこの子を連れて帰りましょう。詳しく診てみなくてはなりません」


「勿論だ。どんな理由で親から引き離されたか知らんが、こんな所に放置する訳にはいかん。だがその前に、このドラゴンを世界に還さねば」


 そう言ってマリクは斧槍を地面に起き、手を合わせて祈ると腰に差したナイフを抜いて東龍の爪と牙を一本ずつ折り、鱗を数枚採った。


「レイラ、頼む」


「えぇ」


 生物のヒエラルキーで頂点に存在する龍は非常に多くの魔力や精霊力を持っている。

 同じ龍種にならまだしも、他のモンスターに喰われて膨大な魔力によって突然変異など起こされると周辺の生態系や人里への甚大な被害が出る恐れがある為、亡骸は発見次第光魔法で魂を世界に還すべきとされている。


 抱いていた幼子をマリクに預けたレイラは魔法を唱えると、東龍は光の粒子となり、空に昇っていく。

 東龍が居た場所には、両手に余る大きさの青色の石が落ちていた。

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