第6話 幼女には絵の才能はなかった……

(まぁ看病とか、させるわけねぇよな)

 リビングにて。お絵描きに勤しむ芽衣を眺めながら、琴樹はテーブルに頬杖をついていた。

(お姉ちゃんの似顔絵を描くのが一番の看病、ね。さすがに姉妹、扱い方をよくわかってるってわけだ)

 嘘も方便、ということで、リビングで芽衣の相手だけしておいてと、頼んだ本人は薬を飲んで自室に引っ込んだ。

 その信用は裏切れないなと思う琴樹だった。裏切る気なぞあろうはずもないけれど。


「ぴんくとー……あおー……できたっ!」

 芽衣がぐりぐりと色鉛筆を回すと、ピンクと青の服を着た人間二人の絵が完成する。

「こーね、おねえちゃんとおにいちゃん!」

「上手だね。お姉ちゃんがお姉ちゃんで、これは俺かな?」

「うんっ。おねえちゃんでしょ……おにいちゃん」

(これじゃ俺と白木さんが兄妹だな……ヒトデの)

 縦長の大きな楕円に頭と手足らしき突起が引っ付いた、人物です、と言われなければわからない絵ではある。

「次はママを描いてみよっか」

「まま!」


 ママ、白木姉妹の母親だが、帰宅はおおよそ二時間後になる、と琴樹は優芽に聞いていた。

「すぐ帰ってくんじゃねぇの?」

「なんで?」

「いやわるい。俺の勘違いだった」

 優芽が二階に上がる前に交わした会話だ。それともう一つ。

「あと、りょうに連絡しといたから。来たら、帰って」

「……了解。わかった。おやすみ」

 涼、というのは黒浜くろはまりょうという、優芽と仲の良い女子のことだ。そして琴樹と優芽のクラスメイトの一人である。

(来るって、いつ来るんだかなぁ。てかあんま話したことないんだけどな涼とは)

 連絡事以外で会話したことなど数えるほどしかない琴樹だが、呼び方は『涼』と名前呼びであって、これは本人の希望に因る。苗字は嫌い、さん付けは嫌。それで琴樹も仕方なしに『涼』とそう呼ばせてもらっているのだった。


 あまり絵の出来に拘らない芽衣が、早々に二枚目の画用紙を埋める直前、呼び鈴が鳴った。

「でちゃだめなんだよ!」

 それは芽衣が、という話で、琴樹が玄関に出向くのに後ろからとことことついて歩く。

 琴樹が玄関ドアを押し開く。


「あら?」

「おっけ。一旦、なんも言わず……まぁ、どうぞ。入ってくれ」

「……面白そうなことになってるんですね」

 病人に仔細連絡しておけとは、無茶な注文だよなと思う琴樹だった。

「りょうちゃん!」

「ふふ。お邪魔しますね、芽衣ちゃん」


 リビングに戻れば芽衣が飲み物を用意すると言い出す。

(俺ん時は白木さんが出してくれたよな)

「大丈夫ですよ。ね、芽衣ちゃん。涼ちゃん今日は、麦茶が飲みたいです」

「かしこまいました!」


 琴樹の心配は杞憂で、それを涼は知っている。幼子のお手伝い精神に任せて、二人はテーブルの隣に並び立つ。

「どこまで聞いてるんだ?」

「優芽が風邪を引いたので、芽衣ちゃんの面倒を見て欲しい、と頼まれて来ました」

(……ご近所なのかな?)

 琴樹が思うように、涼は白木家から徒歩五分の近所のアパートに住んでいる。


「了解。白木さんはいま上で寝てる」

「幕張君が介抱をしたのですか?」

「なんもしてないって……そのへんは、気になるなら月曜にでも話すから」

「そうですか。では月曜に」

(聞く気満々かぁ)

「とにかくあとよろしく。ママさん……お母さんは二時間後、くらいには帰ってくるって話だから。俺は帰るんで」

「かえっちゃうの?」

 というのは、いつの間にか傍にいた芽衣の呟くような声だ。

「ごめんな。俺もおうちに帰らなくっちゃいけないから。わかってくれるよな? おにいちゃんにも大事な家族がいるんだ」

「かぞく……うん。めいね、かぞくだいじ」

「いい子だ。俺も家族が大事だ」

 よしよし、と言葉以上に正直な表情をなんとか晴らさせてやろうと琴樹が頑張ってみるが、そう簡単なわけもなかった。


「……全部、月曜な」

「ええ、月曜に」

 涼の見下ろす視線に含みをたっぷり感じた琴樹は念を押して立ち上がると、玄関に向かう。


「じゃあ、よろしく。ばいばいメイちゃん」

「ばいばい……またねおにいちゃん! またねー!」


 そうして別れて、月曜にちょっと説明すれば、それでこの偶然は終わりだと、琴樹はそう思っていた。

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