悪魔はきらい

野嶋瞭悟

悪魔はきらい①

 私には悪魔が見える。お母さんも、お父さんもみんな信じてくれない。でも、私にははっきりと悪魔が見えている。最初はそれが悪魔だなんてわからなかった。テレビで見た悪魔の特集がなかったら、今も気づいていなかったかもしれない。


 その悪魔は、私のことが大嫌い。他の人には目もくれずに私だけを虐めてくる。きっと、私から大切なものをいっぱい奪って、独りきりにするのが目的なんだ。そして、独りきりになった私を苦しませて、殺すつもりなんだ。


 夜、私は布団の中で独りきりになった自分のことを考えてみた。薄暗い部屋の中に独り。その部屋は壁も床も天井も真っ白で、中には家具はおろか扉すらない。部屋の壁を叩いても、大きな声で叫んでみても変化はない。私はだんだんと薄暗さに身体が溶けていくような感覚に襲われた。自分の身体と部屋の境がなくなっていくようで、慌てて両手で自分を抱きしめた。


 すると、天井に見知った景色が映し出された。そこには、リビングで食事をするお母さんとお父さんの姿があった。今日の夕食は、ご飯とみそ汁とキャベツとコロッケが二つ。お父さんのお皿には、お母さんの倍くらいキャベツが盛られている。テレビにはクイズ番組がつけられており、お父さんが間違った答えを言うたびに、お母さんが呆れながら訂正している。


 私は抱きしめていた自分の身体を、痛みでいっぱいになるまでさらに強く強く抱きしめた。


 次に、天井は学校の様子を映し出した。教室の後ろから担任の山本先生が出席を取っているところが見えている。順番に呼ばれる名前。「はい、元気です」と機械的に返事がされている。七海優華という私の名前は、いつまでたっても呼ばれることはなかった。


 身体に指が食い込み、皮膚がだんだんと赤くなっていく。痛くて痛くてたまらない。


 それから、天井には悪魔の姿が映し出された。悪魔は私のことをじっと見つめている。何を言うでもなく、ただただ惨めな私のことを見ている。


 その瞬間、やっとの思いでせき止めていた感情が溢れた。頬を何度も伝う大粒の涙。喉から這い出る声。泣いちゃだめだ、泣いちゃだめだ。自分に言い聞かせるように念じてみても、意味はなかった。


 悪魔は自分の思い通りになったことが余程嬉しいのか、頬を吊り上げキャッキャッと笑い声をあげた。


 私は全身を覆った布団から、僅かに顔を出し、さっきまでのことが自分の妄想であることを確認した。ランドセル、本棚、家族写真、ここは確かに現実の自分の部屋だ。


 そう思った瞬間、身体の力がすっと緩んだ。自分でも気が付かないうちに全身に力が入っていたようだ。


 私はひとしきり落ち着いてから、強く決心した。悪魔を殺さなければならない。私のために、私の大切なもののために、あの悪魔を殺さなければならない。

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