第3話 おっさんを紹介します。

 私に貢いでくれるおっさん達は、基本的にただのおっさんでしかなく、ゲームのハンドルネームを見てもレアアイテムが脳裏に浮かぶだけだ。


 だがギルドメンバーのおっさんとは、今後しっかり連携をしていかないといけない。


 一人目のおっさんは、『ルル』という名前の白金創世士はっきんそうせいしだ。


 創世士は、サポート型の万能職である。

 万能職というと聞こえはいいが、ヴァヴァでは基本的に技能特化した職業が人気だ。万能職はやることが多く、プレイングスキルを要求する割には極めても結局は特化職に勝てないので、あまり選ばれることがない。


 ただ私が魔操術士まそうじゅつしという攻撃型の万能職を選択していることもあり、上手いこと二人で息を合わせて補い合えば、特化職のみで構成したパーティーよりも対応範囲が広く強い編成になると判断したのだ。


 肝心の性格は、おっさんの中では珍しく控えめで謙虚なものである。


 高圧的で厚かましいおっさんが多い中、ルルは常に丁寧な言葉遣いで、プレイングもとても几帳面だった。


 最初の内はミスも多かったけれど、私が教えたことは忠実に守ってくれて、物覚えも悪くないし真面目なところも高評価。


『通話は恥ずかしくてごめんなさい……』


 と断られた相手もルルが最初だった。

 多分自分の声が相手に不快感を与えるものだとわかって、引いてくれたのだろう。おっさんにしては見上げた精神である。


 私が姫プレイを始めた初期からよくパーティーを組んでいたので、難しい万能職同士のコンビだがルルとならなんとかなる気がしていた。


「ルルさぁーん、回復細かくかけすぎでMPマジックポイントの管理できてないんで気をつけてくださいよー」


 パーティーを組むと私はいつもそんな小言を投げつけていた。他のパーティーメンバーも、


『そもそもルルさん創世士向いてないって、反応にぶいもん。おじいちゃんなんじゃないの』


『ユズに迷惑かけんなよー。後半の回復一部ユズが回してたぞ』


 なん厳しくボイスチャットで当たりつけていた。


『すみません、まだ慣れていなくて……』


 というテキストメッセージだけが、ルルから返ってくる。


 おっさん二人の言っていることは事実だったが、私が率先してダメ出ししたせいだろう。二人はそれに乗っかって、私のご機嫌が取りたいというのが主目的なのがわかる。


 でも私は、ただゲームをもっと効率よくプレイしたいだけだ。


「私、教えますよ。創世士も魔操術士も初級のスキルだいたい同じですし、回し方の安定させかたとか、回復のタイミングとか二人で回ったら覚えられると思うんで」


『いいんですか? ……わたし多分物覚え悪いですし』


「ドロップいいとこで回りながらやるんで」


『ありがとうございます! わたし、頑張ります』


「あ、でも三回やってダメだったら見放しますね」


 そんなこんなで一緒にプレイしていたのだ。


 最初は時間もかかったけれど、一回教えたことは裏でメモを取っているらしい。それを元に一人でも自主練しているようで、ルルは目に見えて上手くなっていった。


 アイテムに関しても、私を姫として慕う以上に恩義を感じているようで、自分よりも優先して献上してくれるくらいの勢いだった。


『これこの前おこづかいでアイテムのガチャ回したら、ユズさんがほしがっていたの出たんでよかったら……』


「えー、いいんですか? 課金ガチャで出たアイテムなのに私がもらって」


『はい、いつもお世話になっているので……』


 ――それより、おこづかいってこのおっさん、もしかして実家暮らしの無職とかなの? それか小中学生とか?


 でも小中学生がこんな丁寧なしゃべり方しないだろうし、やっぱり無職のおっさんか。


 あきれつつも、私はレアアイテムを喜んで受け取る。


 下手だったプレイングも、今では十分上級者と言える立ち回りになっていた。


 総合的にも、そして珍しく内面的な面でも合格ラインのおっさんということでルルをギルドメンバーとして採用に至ったのだ。



   ◆◇◆◇◆◇



 二人目のおっさんは、『豆食べる小豆あずき』という名前の蒼要塞士そうようさいしだ。


 要塞士はタンク職でも人気が高い部類の職業だが、その中でも断トツでプレイングスキルが要求されるものだった。


 要塞士は頑強さと膨大な体力を持つ反面移動能力が皆無に等しく、相手の攻撃をすべて受けきるにはほとんど未来予知レベルの判断能力が必要になる。


 もちろん適当に八割方の攻撃を防ぐだけでも十分優秀な壁役になれるので、初心者にもおすすめしやすい職業ではある。

 ただしそこから上を目指すにはかなりの技量が必要になるため、中級以上になったプレイヤーの多くがジョブ変更することでも知られている。


 そんな要塞士の豆食べる小豆、通称アズキというおっさんは、私が知る限りではトップクラス――いや、多分一番上手い。と思えるほどの実力の持ち主だ。


 つまりプレイングだけでは文句なしの採用なのだが、このおっさん中々に厄介というか危険人物だった。


 その実力の源なのだろうか、アズキには中年にあるまじき記憶力と頭の回転の速さがあるのだ。


 私のあらゆる会話や送った写真などを事細かく記憶しているだけでなく、瞬間的に会話の齟齬そごを指摘してくる。


「えぇーこんなレアアイテムくれるんですかー!? 私、こんなレアなのもらったことがなくて」


 とある別のおっさんにもらったアイテムに私が喜んでいたときだ。


 それを聞いたアズキはいつもどおりチャットで、


『ユズは僕が見ていただけでも、ランク七のレアアイテムは今までに五十六個もらっている。加えてその上の八以上のレアアイテムも三十四個ももらったことがあるはず。そんなアイテムでそこまで喜ぶと、彼が勘違いしてしまうんじゃないかな?』


「え!? も、もうアズキさんったらー、そんなことまで覚えているんですか。でも、どのアイテムも一つ一つ私に取っては大事なプレゼントで」


『さっきのレアアイテム五十六個の内、装備アイテムは二十七ある。しかしそれらを装備していることは見たことがなく、売って金に換えた可能性が――』


「アズキさーんっ! 次のダンジョンでも壁役よろしくお願いしますねっ! アズキさんがいると安心して後衛に集中できるんで大助かりですよ」


 無理矢理会話を終わらせたが、怪しい空気になりかけていた。しかも、アズキの言っていることは全部正しいのだから恐ろしい。


 けれどもっと怖いのは。


「これ、大学の友達の女の子と喫茶店行ったときの写真なんですけどーみんな見てくださいよー」


 私がよく貢いでくれるおっさん達に、ほんのお礼代わりにとプライベートな写真を披露した。

 もちろん映っているのは私の手だけ。甘いクリームがたっぷり載ったカフェラテのカップを握って、お店の一部を背景にして映っている。


『この店、わかった。家から近いの? 僕と近所だ』


「えっ!? えっと……一応、個人チャットで送ってもらえるかな……」


 すると写真を撮った店名がずばり送られてきた。


 チェーンの喫茶店だけれど、どこどこ店の部分までばっちり当てられている。そんなにはっきりと店の外観が映っていたわけじゃないのに。


 私は怖くなって聞くと椅子の種類や、太陽の日の入り方、他にも周囲に映ったいろいろなものから推測できると言われた。


 おまけに、私が今までに送った他の写真からもいろいろわかっていることがあるとまで。


『ユズは写真送るときは、もっと気をつけたほうがいい』


 注意なのか警告なのか脅しなのか。わからずに私は震えた。


 これ、ストーカーじゃないのか? チャットでしか話さないのも、よくいる引きこもりのネットストーカーみたいなイメージにかち合ってしまう。


 だから本当は関わり合いになりたくないタイプのおっさんなのだが、アズキより優れたタンク職がいないのも事実だった。


 苦渋の選択ではあったけれど、文句なしの腕前を買ってアズキをギルドメンバーに入れることとなったのだ。



   ◆◇◆◇◆◇



 三人目のおっさんは、『ノノんがノノ』という名前の紅断絶士くれないだんぜつしだ。


 断絶士はアタッカー職なのだが、実はこれがとんでもないレアジョブで、全世界に一千万人いるヴァヴァのプレイヤーで三人しかいないとさえ言われている。


 なんでも昔は、コンプガチャと言われるものがあったらしいのだが――まあ説明は長くなるのでさて置く。


 今はいろいろガチャのルールが変わって禁止されているのだけれど、昔は許されていたとんでもなく課金しないとほしいアイテムが手に入らないシステムがあったらしい。


 しかもその断絶士のジョブが手に入る課金ガチャは、先着順で数名にしか手に入らないとまで銘打たれて始まったそうだ。


 当時はまだ数万人ほどのプレイヤー人口だったらしいヴァヴァも非常に盛り上がった。

 だが恐ろしいほどシビアな確率らしく、挑戦者の何名かは百万円単位のお金をガチャにつぎ込んでも断絶士が手に入らなかった――という記録まである。


 そして先着上限にも満たない間に断絶士が手に入る課金がチャは終わったそうだ。


 その激レアジョブを持っているのがノノんがノノ、通称ノノというおっさんである。


 もう説明不要で、大金持ちのおっさんなのがわかる。

 当時に大金を払って手に入れたのか、もしくは何らかの手段でジョブトレードを成立せたのかである。


 ジョブトレードはまあそういうシステムがあるのだが、名前の通りで、お互いのメインジョブを交換できるシステムだ。ただこの交換を実施するのにもかなりのレアアイテムを消費する。


 しかも今では入手不可能となっている上に、数百万でも手に入らなかったレアジョブをトレードするためには、相手にどんな対価を支払う必要があるのか見当がつかない。

 リアルマネーを使って持ちかけたのか? 一応ゲーム内アイテムなどの売買は禁止されているけど、可能性はある。

 そうでなくても、いったいどんな交換条件なら断絶士を手に入れられるのだろうか。


 とにかくどちらの方法であっても、ノノが超絶お金持ちなのは明らかだ。


 前者の方法で手に入れたのであればかなりプレイ歴もあって、少なく見積もっても四十代以上のおっさんだろう。

 後者の方法で手に入れたのであれば数千万か下手したら億に近い金額をゲームに使う、金銭感覚が異次元で大富豪のおっさんということになるはずだ。


 ――さすがに億はないかな?


 だがノノの金持ちぶりは幻のレアジョブだけでなく、他のレアアイテムも山のように持っていた。


『俺悪いけど、金で集められるアイテムは全部手に入れるから。ユズもほしいのあったら言いなよ。条件次第でやるから』


 という豪毅なチャットメッセージを送られてきたことがあったけれど、これが嘘でも何でもないのだから本当にすごいとしか言えない。


 ただこの物言いからもわかるように、人間性にはかなり問題がある。


 ノノは私に他のおっさん達の誰よりも貢いでくれている。だが絶対に毎回見返りを要求してくる。


 その要求は送ったアイテムに合わせて上下して、そこそこのレアアイテムであれば、


『俺におやすみって言ってよ。ボイスで録音してほしい』


 みたいな可愛いものなのだが、レア度が上がってくると


『下着の写真ちょうだい。着てるやつ』


「そ、それはちょっと……無理ですよノノさんー」


 私が断ると、すぐにチャットが返ってくる。


『じゃあ着てなくてもいいからいつも使っている下着だけの写真。それとスカート限界までたくし上げた太もも写真も。二枚なら妥協する』


「いやいや、全然妥協とかじゃないですって! 下着はちょっと」


『なに? 可愛いのないの? じゃあ今度下着送ってあげるからそれ着て写真撮ってよ』


「えええぇ!? いやあの通報……」


 通報はしなかったが、レアアイテムをじゃかじゃか貢いでくれていなかったら間違いなくブロックしていただろう。


 正直ノノを入れるかはかなり迷った。

 過激な要求が今後もエスカレートしていくのは厳しい。


 だけど、それ以上に貢がれるレアアイテム達と――何より、


『ギルド入れてくれるなら、レア九のアイテム五個とレア十も一つ用意する』


 という破格すぎる交換条件を提示されたからだ。

 レア十ともなれば、課金で手に入れようとしたら数十万円レベルの品である。


 たまにどう見てもアウトな要求をしてくるけれど、ノノはいつもチャットでしか話さないからこちらも冷静に拒否できるはず。今回も損得を考えてやはり――。


 私は弱い子だ。


 お金に屈し、レアアイテムにひざまづき、ノノをギルドメンバーとして認めた。



   ◆◇◆◇◆◇



 そんな諸々の理由で集めたおっさん三人だけれど、共通点がある。


 全員何故かチャットでしか話さないのだ。


 私は別におっさんとボイスチャットしたいわけじゃないから問題ないと思っていた。

 けれど上を目指すには、やはりボイスチャットで連携するべきだろう。


 どうする? 今さらチャット勢じゃないおじさんを探し直すのも難しいし。


 いや、多分大丈夫だ。私が可愛くお願いすれば、おっさん達もマイクをつけるに違いない。


 明日からギルドが正式稼働となる。そのときにでも頼んでみよう。


 そんな風に、のんきな私とおっさん三人のギルドが始まる。


 ――このときは、まさかあんなことになろうとは。


 ――夢にも思っていなかった。

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