第3話

 と言うわけで、俺は今刑務所に入っている。殺人罪で拘留中。裁判の結果待ちだ。結局あの後、JK山田は帰らぬ人となった。ジェット急逝でJKか──と無理矢理ボケてはみるが、何も面白くない。やっぱりあいつのボケじゃないと……。


 まだ手の平に、あの時の感覚が残っている。あの瞬間、あいつは笑顔やった。俺はあいつから、永遠に『笑顔』を奪ってしまった。しかも生放送やったから、全国からも……。俺は、お笑い芸人失格だ。いや、人間失格だろう。人を殺したんだから。


 何しろ、殺人を犯す瞬間が全国に生放送されたわけだ。スーパー現行犯逮捕である。ただまあ、故意で殺したわけではないから、過失致死罪といったところだろうか。となると、弁護士を雇って頑張れば、執行猶予も──いや、駄目だ。


 こんなに報道されれば、俺はもう社会には戻れないだろう。一生物の足かせをつけられてしまった。いや、自分でつけたのだ。本当に、誰に会わす顔もない。釈放されたとしても、これからどう生きていけばいいのか……。とにかく、今はしっかりムショに入って、山田に謝らなければならない。


 周りを見ると、自分の現状のやばさがよく分かる。汚い部屋で、怖いおっさんと共同生活を送っている。一応ここはまだ留置所なので、このおっさんが犯罪者と決まったわけではない──はず。


 改めておっさんを見ると、まさに悪のかたまりといった感じだ。皮膚が入れ墨で出来ているといっていいほどお絵かきだらけ、右目には縦に生々しい傷が走り、哀川翔みたいな鋭い銀縁メガネ。極めつきは、スキンヘッドに眉なし! きっとこいつは赤ん坊でも躊躇なくコブラツイストでもモンゴリアンチョップでもかますだろう。


 あまりジロジロ見ると因縁をつけられそうなので、大人しく冷たくて薄い布団に突っ伏す。


 これが映画とかやったら、あのステージでの光景が蘇る──というシーンなのだろうが、あまり覚えていなかった。あまりに茫然自失だったのだろう。特に山田が倒れてからは、何も思い出せない。


「おい! これってお前さんやろ!」


 突然、新聞を眺めていた入れ墨ヤクザが喋りかけてきた。声にドスが効き過ぎていて、思わず漏れそうになる。あの一件以来、ちょっとクセづいているのは内緒だ。

 恐る恐る差し出された新聞を見てみると、俺がでっかく一面を飾っていた。


「うわあ……」


 覚悟はしていたが、やっぱり実際に世間が騒いでいるのを見ると、海でなまこを踏んだ時みたいな、なんとも言えない感触がする。


「こんな大っぴらな人殺しないで~!」


 入れ墨中年ヤクザが大笑いしながら言った。


「いやあ、こんな度胸ある奴、うちの組に欲しいわ!」


 やっぱりあんたヤクザなんかいな。


「もう、やめてください。好きでやったんじゃないんです」

「はっは! まあまあ、そんなにぷんすかするなや。というか自分人殺ししたんやで? 俺なんかより自分に怒らなあかんのちゃうんか?」


 悔しいが、ごもっともだ。


「まさか平手一発で殺すとはな。さすが、『ハードパンチ牛島』さんやで!」


 ヤクザが目と口をガン開いて、無邪気に笑った。金歯が光る。そしてそのまま、俺のすぐ横に痰を吐いた。


 やっぱりこいつヤバい奴や。さっきは罪を償うって言ったけど、前言撤回。すぐに出たい。


 痰を吐いてすっきりしたのか、ヤクザが急に真面目な顔になって、俺を見据えた。


「人殺したってことは、一線を越えた自覚はしなあかんで」


 腹に響くダミ声に、思わず背筋が凍る。


「俺も今まで何人も殺してきたわ。金のためでも、女のためでも、時にはプライドを守るためにもな。ちょっと引き金に力入れるだけで逝ってしまうやもんな。人間ってか弱い生き物やで。ほんまに」


 ヤクザは、顔に笑みをたたえている。


「ええか、一個だけ教えといたるわ。一回人を殺した人間はな、その後たがが外れたように殺人を繰り返すもんやねん」


 その口調は重く、のそのそと、陰険な空気を纏って耳に入ってきた。


「い、いや、こんなこと、もうしないです!」


 人殺しなんて、二度とするわけが──。


「みんなそう言うんじゃ!」


 ぴしゃりと、いや、ドゴンと、ヤクザの怒号が爆発した。もう、やめて。怖い。


「俺の舎弟もみんなそうや。初めて殺したらアホみたいに震えて、後悔するもんやねん。でも一ヶ月もしてみい、平気な顔で殺しよるわ。人を殺しても簡単には捕まらへんと分かった瞬間、まるで蚊でも殺すかのように、人殺しする。結局は慣れやな。まぁこんな話してもお前にはまだ分からんか。せいぜい気ぃつけや」


 俺はただ、頷くことしか出来なかった。俺が二回目の殺人を? そんなはずがない。こいつらは、ヤクザになるような奴は、感覚が狂っているだけだ。ただ今は、そう思いたい。


「しっかし不思議ちゃう?」


 ヤクザは立てた膝に腕を乗っけて、俺ではない誰かに話しかけるように言った。


「なんで人間は殺したらあかんのに、蚊は殺してええんやろうな? 命は平等です! とかほざいてる奴らは、蚊を殺すように人も殺せるんかね? 全く、偽善者は嫌いやで」


 確かにそうかもしれない。命は、平等ではない。もしかすると、人を蚊のように殺せるこの人が、一番命を平等に扱っているのか?


「あと、もう一つ嫌いな人種がおるわ」


 ヤクザがポケットに手を入れた。


「お前や」


 次の瞬間、ガチャリと銃が飛び出してきたと思ったら、銃口が俺のおでこにキスをした。

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