⑨都合の良い男と結婚まで持ち込むには父親を動かせ

「だからね、結婚相手にそもそも恋は要らないのよ。どれだけ自分にとって有利な条件の相手であるかということが問題だった訳」

「『母親の写真を持つ男』はお姉様にとっては都合のいい男だったんですか?」

「そう、私にとっては都合がいい男だったのよ。マルミュットにとっての先輩だって、多かれ少なかれ、そういう要素はあるでしょう? 自分にとって」

「お姉様とは違うかもしれないけど、先輩といるといつまでも話が続いて楽しいし、色々教わることも多いし、まあ今は立場がアレですから、頼りになりますね。それを都合がいいと言えば確かにそうですね。愛しているとかという言葉とも何か違いますし。いずれはそういう言葉で表すこともできるかもしれませんけど、今はまだ、そう言い切るには何か違う気がする」

「そうよね。情愛ってのは、一緒に住んで生きて、その中でじわじわ湧いてくるものじゃないかと私は思っていたし、今でもそう思っているわ。その意味で言うなら、私はオネストに恋なんかさっぱりしたことはないけど、愛してはいるのよ」


 ……筋道としてはありだが、それでもお姉様の口から「愛している」という言葉を聞くのはなかなか固まるものがある。


「浮気をする夫でもですか?」

「そう、そこ」


 お姉様は手を挙げた。


「そもそも私達の結婚なんて、大概親が決めるものじゃないの。選べるとしても、ある程度親の選別の済んだものでしょう? 貴女はまあ、……お父様も呆れていたくらいだから……」

「すみませんね」


 思わず苦笑する。

 確かにそうだ。

 私の場合は先輩がお父様のところに直談判に来た訳だ。


「嫁にはやれない。この子は家を継ぐ」


と言ったら「あ、知ってます」とあっさり。

 そしてその後、お父様の研究の話をさりげなく持ち出し、話を数時間続けた結果、「よし君、ぜひ婿に来い、楽しみにしている」と言わせたくらいだ。

 何の後ろ盾も無いのに、頭と口八丁でお父様を攻略した訳だ。

 だが先輩に言わせれば。


「そもそも何も背後に無いくらいの方が、婿にはいいだろ」


とのこと。


「まあ先生のことを色々調べていたら、これ以上の姻戚が増えるのはたまったものじゃない、という言動が多かった様だしな」


 そこまで下調べしてあったのか、とは思ったが、先輩の職業柄まあそれもありだろう、と私は思った。

 だがそういう例はまず無い。


「うちの場合はお父様が気に入った学生だの卒業生だのが回ってくる可能性が高かったでしょう?」

「ええ。私も先輩が出てくるまではそうだろうな、と思っていたし」

「だったら、そもそもお父様に気に入らせようと思ったのよね」

「え」

「手帳には大学予科の何処の専攻かも記してあったから。お父様の授業も取っていることも調べれば判ったわ。生物系ですもの。研究室に入る可能性もあったのよね。そこでお父様に世間話の中で、合同祭でこれこれこういうことがあった、ということを話したのよ」

「大学予科の学生が『死んだ母親の写真』をはさんだ手帳を落としたから拾ったと?」

「そう。そしてお父様は興味を持ったのよ。どうもお父様自身も、そういう男子生徒には共感するものがあったみたいね」

「あ、お母様……」


 そう、お父様は死んだお母様のことをずっと忘れず、再婚の話があったとしても断り続けている。

 子供達には母親が必要だ、という言葉も無視して。


「亡くなった誰かをずっと想っているという辺りが気になったみたい。ほら、お父様何だかんだ言ってロマンチストだから」

「ろまんちすと」

「そうそう。で、気にしてみたら、結構この学生が真面目で自分のところに質問もしてくるということに気付いてしまったのね。大教室の授業で後から聞いてくる学生ってのは結構覚えているものなんですって。まあそういう話も聞いていたから」

「研究室に来る様に仕向けた、と」

「そ」


 お姉様は大きく頷いた。


「で、私としては要するにオネストにとっての好みの女は亡くなった母親のタイプってことは解っている訳でしょ。だったらとりあえず警戒するのはそのタイプだけなのよね。彼が思い込んでいる母親のイメージというものもあったんだけど。実際はともかく、儚げで、誘われればふらっと倒れ込んでくる様な。だったらとりあえずは家庭に気持ちを集中させればいい、と思った訳よ。その時点の彼はまだ、学校と就職のことで手一杯で、女まで手が伸びるだけの余裕は無かったし。あと、何と言っても彼は故郷に戻りたくはなかったということ」

「戻りたくない――ああ」


 北東のあの楽しい人々のことを思い出す。

 確かに義兄とは雰囲気が違ったし、彼はそもそも馴染もうとしていなかった。

 義兄は外に出たがっていたのだと、話を聞けば聞くほど感じたものだった。


「だからできれば帝都の方で独立したいという気持ちが大きかったのね。で、お父様はやっぱりそういうの好きじゃない」

「好きだわね」


 そう、ロマンチストのお父様は、若者が故郷を後にして一人で帝都でがんばるという物語や立身出世譚が大好きなのだ。


「で、色々お父様を突っついているうちに、オネストをうちに連れてくることが多くなったわけね。案の定、あのひと全く私のこと覚えていなかったけど」


 くすくす、とお姉様は笑った。


「それから型どおりの清いお付き合いとやらをして、結婚話、貴女が実家に残ると言ったことも後押しして独立した彼のところに私が嫁ぐと言う形になったのだけど」

「お姉様」

「何?」

「私が残って婿を取るという気持ちになったのもお姉様の計画の一つ?」

「うーん、一応そうだけど。でもそもそも、貴女何処かの家に嫁いでその家の一員としてやっていける?」


 うん、確実にそれは無理だ。

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