⑤義兄の従妹が参戦してきた

 伯父は続けた。


「オネストはその写真をずっと肌身離さず持っていたからな。それをグレヤードに見せたこともあったろう、いや、逆にグレヤードが写真を見ている彼奴から奪い取ってからかったというのもあるだろうが」

「グレイはそういうとこあったわよね」


 そう言いつつ、アルシャがトレイに丸っこい瓶と小さな杯をいくつか、乾果と薄くて丸い焼いた菓子を皿に一杯盛ってきた。


「何だお前も話に加わるのか?」

「オネストの浮気話だったら私が是非加わらなくちゃね」


 そう言って彼女は私の横に座ると小さな杯に丸っこい瓶からとろりとした液体を注ぎ込んだ。


「ちょっとならいいんじゃない? 甘いわよ」

「おいおい」

「……いただきます」


 甘い――が、その後すぐに口の中が燃える様な感触がある。


「……!」


 甘さと苦さと熱さをしばらく口の中で転がした後に飲み込むと、喉や腹の中がかっと燃えるかの様。


「蜂蜜酒、ですか…… 凄いですね」

「そうそう向こうでこういうものは飲む機会は無いでしょ?」

「酒そのもの飲みませんから」


 私は苦笑する。

 男子の学校ならともかく、女専ではそういうことはまずない。


「まあ、全く知らないよりはいいんじゃゃない? 少なくとも本当に嫌いなのか、それとも単なる食わず嫌いなのかそれで分かるじゃない」

「確かに」


 私は杯に残る蜂蜜酒をちびちびと舐めながら話を続けることにした。

 くいっと飲むには慣れないが、味は悪くない。

 度数は…… 高いだろうと思うので、そこはゆっくりとたしなむことにした。


「アルシャさんはお二人について色々ご存じなんですか?」

「ご存じも何も、まあきょうだいよね、殆ど。グレイは普通にきょうだいだし。あいつはいじめっ子だったわね、色々とやらかしたし。だけど勉強だけはどうにもならないから、余計にオネストにちょっかい出すのよね。本読んでばかりで、皆の仲間に入りたがらないから、そこも気に入らない様で。何かと本取り上げては一緒に遊びに連れ出そうとしてたわねえ。あとでオネストはうじうじしていたけど」

「うじうじ、ですか」

「何っていうか、オネストはここいらでは珍しい本好きでね。皆が外で遊んで、基礎学校の宿題だって放り出すとこを、学校から借りてきた本を黙々と読んでる様な子でね。でもそれって、皆から見れば変な奴でしょ?」

「おいおい」


 伯父が目をむいて彼女をなだめる。


「でもねえ、グレイからしたらそんなことしてる奴でも仲間に入れたい訳じゃない。一応従兄、きょうだいみたいなもんだし。うちの一員なんだから」

「ああそうだな。うちの連中は皆家族に情が深いんだ」

「そうそう。女にも情が深いのよね、父さん」


 つんつん、と彼女は父親の脇腹をつつく。


「母さんが死んだ後、それでも父さん、結構話はあったのよ、地主の家の切り盛りをする後添いをもらえもらえっていう話。まだまだ働き盛りだし。だけどがんとして断ってきたものね」


 無言で伯父はばり、と薄い菓子を口にした。

 これが甘いだけのものかと思ったら、意外なことに甘辛い。

 ついつい二枚三枚と手が伸びてしまう。

 小さくて薄いのもそのせいかと思う。


「ここいらは皆酒好きだからね、合うものを作るのよ。干した魚介とかも結構あるわよ。ただそれは食べ過ぎると胃にくるんだけどね」


 そう言ってちら、と父親を見る彼女の目は皮肉げだったが、案じているとも見えた。


「で、話を元に戻すけど、オネストはグレイの気持ちはあまり解らなくてね」

「そうなんですか?」

「彼奴はまあ、そうやって皆とわいわい遊ぶのに今一つ乗れなかったり、本好きなのはきっと帝都出の父親の血なんだ、と思い込んでしまってなあ。父親はきっと帝都でそこそこの者だと思い込んでしまった訳だ」

「実際は?」


 二人とも黙って肩を竦めて笑っただけだった。

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