⑤二人の男と一人の女の間にあるもの

「ああだから、グレヤード様はカイエ様を紹介された時に妻に、と求めたんですね?」

「だから? 確かに、僕等の結婚式に参加した彼女を見初めたとは言っていたが……」


 義兄は思い返す。

 が、記憶の中から従弟のその時の姿は抜け落ちている様だった。


「ところでお義兄様ご存じですか? かの文豪サマアイズの『たましひ』という小説を」

「サマアイズの『たましひ』? 無論、それは学生時代の常識とも言っていい作品だろう?」

「あの話には確か、一人の女性を巡る二人の男が出てきましたわね」

「ああそうだ。全体の語り手から尊敬され、師と仰がれている――だがその彼が自殺してしまった理由を、語り手は遺書から知る、という筋だったろう?」

「ええ。端的に言えばそうですね」

「それがどうした?」

「その小説なのですが、近年になって女専ではこういう解釈がされているのですよ。これまではまあ、こうですよね。『一人の女を巡って二人の男が静かに争った。片方は破れて命を絶ち、何年か後にまたもう片方も相手を騙した様な形で女を手に入れたことへの罪悪感から死を選んだ』」

「それ以外の何だと?」

「女専では結構、ここで学問ができる機会が最後だと思い詰める者も居まして、そうすると新奇で興味深い解釈が出てくることがあるんですよ。ここで出されたのは『女はきっかけに過ぎない。あくまで男二人の静かな競り合いや友情こそが最大のテーマだった』ということでした」


 は? と義兄はすっとんきょうな声を上げた。


「ちょっと言っている意味が解らないのだが」

「まず片方の男が一人の女に惚れた。それを知って、もう一人は相手に先んじて女に、女の親を通じて求婚した――さてその時、本当に求婚した男は、女に対して惚れていたのか、ということです」

「一体君は何を言いたいんだ?」

「男は自分達の勝ち負けのために女を利用していた、ただし無意識に、ということです」

「それが一体? そもそもマルミュット、君は何だってそんな話を持ち出しているんだ?」

「お解りになりません?」


 義兄は眉根を強く寄せた。


「グレヤード様は結婚式でカイエ様を見た時に、お義兄様の好みの女だ、と思ったんじゃないかと」

「何を馬鹿なことを」

「カイエ様の結婚生活は決して幸せなものではなかった。そのことは聞いていらっしゃるんでしょう?」

「……ああ、それは聞いた。マリマリが生まれてから、いや生まれる前からも、何かと外に遊び歩いて彼女の元に戻らない日が多かった、と」

「それを聞いて自分だったら、と思ったんじゃないですか?」


 義兄はしばらく口をつぐんだ。

 そして記憶を確かめる様にあちらを向きこちらを向き――やがて嘆息する。


「ああ、確かにそう思ったね。そう、あれはトリールが実家に戻った際に彼女達が家と僕の世話をするためにやってきた時だった。何ってことない食事、だけどとても美味い。毎日の中でちょっとばかり足りないな、と思っている様なこと――例えば、料理を温め直す時に、先にちょっとつまむものをほんの少しの軽い酒と共に出してくれる。食卓に小さな花がある。温かいスープにほんの少し浮き身を散らしてくれる。そういうほんの些細なことを彼女がしてくれる都度、そのちょっとしたところに心配りができるところに気持ちが和らいで…… 何でこんなできた妻をあいつは邪険にしたんだ、と思ったよ実際!」

「それは仕方ないでしょう」

「仕方ない?」

「お義兄様の手の届かないところに、お義兄様の好みの女を奪った時点で、グレヤード様の目的、というか意趣返しというか…… 嫌がらせとも言えますね、それは大方済んでいるんですもの。もしかしたらカイエ様はグレヤード様の好みの女性ではなかったのかもしれませんよ」

「好きでもない女性をそんな理由で妻にできるのか?」

「それは私が訊ねたいですよお義兄様。そもそものトリールお姉様との結婚にしても、お父様の愛娘だから受けた訳で。これがただのトリール・オースタ嬢だったらお義兄様は結婚なさいましたか?」

「そ、それは……」


 義兄は言葉に詰まった。

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