⑮再婚相手サンドレッド氏登場

「やあお珍しい、お客さんですか」


 明るく、朗々とした声が部屋の中に響き渡った。

 彼の腕に抱かれたマリマリちゃんもきゃっきゃっ、と楽しそうに笑っている。


「サンドレッドさん、こちらトリールの妹のマルミュット・オースタさん。今女子専門に通ってらして」

「おおこれはまたずいぶんな才媛ですな!」


 嫌味なく明るい声でそう言うと、彼はその場にマリマリちゃんをそっと下ろした。


「今、お茶を淹れてきますわ、マリマリもいらっしゃい、お手々洗いましょうね」


 はあい、という子供の声を後に、カイエ様はその場から離れた。


「やれやれ、初対面同士を残していくんですね」

「いえ、ちょうど良いところでサンドレッドさんがいらしたと私は思いました」


 ほう? と面白そうだ、と言いたげな顔で彼はこちらを見た。

 大柄な彼は南東の方で事業を展開しいると聞く。

 が、それ以前に南の方の出身なのだろう。

 濃い髪や眉の色、全体的に顔の作りが大ぶりだ。

 まあ正直言って、お義兄様とは全く違うタイプだ。

 カイエ様がこの方との結婚を了承したというのが今一つびんと来ない。


「ちょうど良い、の意味をぜひ聞きたいものですな」


 低い声でサンドレッド氏は問いかけてくる。

 歳の頃はお義兄様より少し上だろう。

 常に誰かしらと交渉してきたのだろうその声の響きは、私も話をするのに気合いを入れなくてはならない、と思う程だった。


「カイエ様とはここの湖で知り合ったと聞きましたが」

「ああ、ちょうどあの子が溺れかかっていたところを助けてだね。……ってそういうことを聞きたいのかい、お嬢さん」

「はい、そういうことをお聞きしたく、私の姉から許可を色々貰ってきました」


 あっはっは、と彼は豪快に笑う。


「許可か。面白いなそれは。まああの奥さんが許可したならいいか。何でも聞いてくれ」


 にっ、と彼は面白がる様な表情で私を見た。


「生い立ちとかは聞いているか?」

「いえ、まだ」

「まだと来たね。そうだな、今は東南で材木関係を扱ってるんだが、昔は南で小さい頃に家族を亡くしてくすぶっていてな、家を飛び出して帝都の方までやってきたんだ。そこで悪い遊びを色々覚えてな…… まあでも、そういうの覚えた連中の行き着く先も見えたから、東南の方に行って、一旗揚げてやれ、と一心不乱に働いたんだ」

「それはまた、何というか立志伝の主人公の様ですね」

「そこまで晴れがましいもんでもないさ。実際仕事が楽しかったし、あの東南の地が俺に合ってたってのもでかい。もともと南の出だしな。だけどまあ、こんな歳になると、やっぱり伴侶になる女が、家庭が、欲しくなってな」

「そういうものですか?」

「そういうものさ。お嬢さんには何な話だが、一夜の相手は居ても、それだけだ。どれだけ金を貯めていい家を買ったとしても、待ってる誰かが居ないってのが、だんだん寂しくなってきた。……そう、こんな風に落ち着く家が」

「それで誰かしらご縁を求めて?」

「いやいやいや」


 彼は大きく手を振って笑う。


「短絡的に考えちゃいけないお嬢さん。こんな成り上がりにはそう簡単にこんな落ち着いた家を作れる女の縁談はやってきやしない。一応仕事仲間から紹介された人も居たがね、皆お断り、だったよ」

「それは勿体無い」

「おや、お嬢さんの好みには合うのかい?」

「いえ、私の好みは別なんですが、明らかにサンドレッドさんは地に足がついてしゃんとしている方です。これからもきっとご活躍なされると思います」

「お世辞でも嬉しいねえ、そういう褒め言葉は」


 お世辞ではない。

 私の好みとはずれるのだが、確かにこのひとと結婚すれば、身分を気にしない女性なら大概幸せにしてもらえると思うのだ。

 そのくらいの包容力をこのひとの醸し出す雰囲気から読み取ることができる。


「まあ色々あってここで出会ったあのひとだが、俺が子供を放り出したことに文句を言ったら、すぐに頭を下げて、濡れた服わ乾かしてもくれた。その時の雰囲気が良いな、と思ったね」


 ああなるほど、と私は思った。

 女――を求めてもいるだろうが、家庭が欲しい彼にとって、確かにカイエ様は魅力的だろう。

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