落ちこぼれ気術士は転生して最強へと昇り詰める

湖水 鏡月

第1話 落ちこぼれ気術士、死す

 昭和35年。

 龍脈集う真富田まふだの地では、恐ろしいほどの数の妖魔が溢れていた。

 

「そっちに行ったよ! 重蔵じゅうぞう!」


「引き受けた、慎司! 景子けいこ! 補助を」


「はい!」


 そんな中でも最も激戦地、真富田港より数キロ先に浮かぶ島、鬼神島きしんとうでは、四人の若者たちが周囲を妖魔に囲まれながらも善戦していた。


 若き気術士ではあるが、その中でも実力者として知られた四人……四大家よんたいかと呼ばれる名家中の名家の継子たち。

  

 霊剣の東雲家からは、霊術剣の天才と言われる東雲重蔵が。

 符呪の西園寺家からは、符呪に愛されたかんなぎと称えられる西園寺景子が。

 結界術の南雲家からは、守護の加護とも喩えられる南雲慎司が。

 そして……。


「……ッチ! 刀が折れちまった……おい、早く代えの刀を出せ! 荷物持ち!」


「あ、あぁ……これでいいか」


 俺が気術を起動し、印を結ぶと空中に気術円が出現し、そこから刀が一本落ちてくる。

 それを重蔵は奪い取るように手に取って、


「……お前はこれしか出来ねぇんだから、言われる前に準備してろよな……足手纏いが!」


 そんなことを叫んで再度、妖魔たちの中に飛び込んでいった。

 気術による身体強化により、とてつもなく素早い動きをし、強力な妖魔を屠っていく重蔵。

 そんな重蔵の剣戟の合間に、遠距離気術でもって火球や石弾を放ち、補助する景子。

 さらに、妖魔たちの強力な妖術を一撃も通さない堅い結界を素早く構築する慎司。

 いずれも、俺など及びもつかない同世代の天才術師たちだ。

 けれど、俺……つまりは、北御門尊きたみかどたけるは、それこそ荷物持ちしかできない、落ちこぼれ気術士だった。

 北御門家は、他の三つの家と同じように、四大家の一つであるのだけれど、そこの長男として生まれた俺には、残念ながら才能がなかった。

 普通なら簡単に出来るはずの、初歩の気術すらまともに起動できない。

 真気力だけは十分に持っているというのに、なぜか起動できないのだ。

 だから、符に真気を注ぐだけで簡単に起動できる、虚空庫の術だけに気力を注ぐことだけが俺のできる仕事で、戦闘にはまるで役に立てないのが俺だった。

 なぜなのか。

 どうして初歩すらできないのか。

 それはわからない。

 けれど、人々を妖魔から守る気術士の一人として、何の仕事もしないことなど俺には耐えられなかった。

 だから、こうして最前線での荷物持ちとして、三人についてくることを志願したのだ。

 幸というべきか、不幸だったというべきか、この三人はその力のゆえに、最も激戦地に向かうことが決まっていて、それについていこうなどと言える気術士は残念ながら一人もいなかった。

 いや、厳密にいうといたにはいたのだが、三人の実力に着いていけるほどの者がいなかったのだ。

 けれど、荷物持ちは必要だ……気術はその身ひとつで実現できる現象もそれなりにあるけれど、触媒が必要になることも多い。

 また、刀なども激戦地ではすぐに劣化してしまうことも想定された。

 妖魔出現の中心地であるここでは、強力な妖力が全ての者を腐食へと導く。

 それに耐えられるのは、気力を操り妖力の侵食から身を守ることができる、俺たち気術士だけだ。

 武具とてその例外ではなく、少しでも油断して気力を注ぐことをやめてしまうと、先ほどのように折れてしまうわけだ。

 そのため、俺のようにほぼ、虚空庫くらいしか使えない人間でも、彼らはむしろ重宝したというわけだ。

 あくまでも、自分の足でついてくる、かなりの量の荷物を詰めこめる人間背嚢として。

 まるで使い捨ての道具のようだが……それでもよかった。

 彼らが本気でこの国のために戦っているのであれば、それに少しでも貢献できるのであれば、それで。

 今回の妖魔の出現は、妖魔たちの首魁が向こう・・・から現界しようとしているからだと推測されている。

 だから、その首魁を倒してしまえば……妖魔たちは少なくとも何年、何十年、場合によっては何百年もの間、こちらの世界への干渉を控えるはずだ。

 そして、それが出来るだけの力を、天才三人は備えている。

 そう言われていた。

 そのために彼らがここに来ているのだ。

 俺はそのために、出来る貢献をする。

 それだけだった……。


 *****


「……それなのに、どうして!!」


 俺はその場所で、叫んでいた。

 鬼神島の中心、妖魔たちが住まう世界《妖界》へと繋がる巨大な隧道トンネルがそこにはあった。

 そこから、恐ろしいほどの妖力に満ちた鬼が、上半身だけを此方に這い出そうとしていた。

 これこそが、妖魔の首魁と呼べるだけの迫力を感じる。

 だから倒すべきだった。

 戦うべきはずだった。

 それなのに……。


「……こいつは、無理だ。予想はしていたが、やはり封印の方向だな」


 重蔵がそれを見た瞬間そう呟き、続けて、


「慎司、出来るの?」


 景子がそう口にし、慎司が、


「可能だとも。ただ、これだけの相手となると普通の方法では無理さ……例えば、それに見合う供物がなければね。何、真気だけは馬鹿みたいにあるやつだ……供物としてはこれ以上ない最上の存在だよ……重蔵」


「あぁ」


 そして、重蔵は無造作に剣を振るった。

 俺に向けて・・・・・


「あがぁっ……!!」


 全く油断していたため、簡単に足の腱を切られ、立てなくなった俺に、三人は笑顔を浮かべて言う。


「悪いな、尊。でも良かっただろ、お前でも役に立てて」


「ごめんねぇ、尊。でも、今まで優しくしてあげたでしょう? ふふ」


「君をいつか供物に使いたかったんだ……その真気! 君を使えば、確実に僕にとって最大最強の結界術を築けるはずだからね……試す機会にも恵まれて、あぁ、なんて幸せなんだろう」


 最初から……そのつもりだったのだろう。

 三人には特に驚きも焦りもなかった。

 

「俺は……お前たちなら妖魔の首魁を倒せると思ってついてきた……それなのに、何でなんだよ……!」


 俺の糾弾にも三人は動じることなく、言う。


「倒しちまったら、もう戦えなくなっちまうじゃねぇか。倒すわけにゃあいかないんだよ」


「その通りよ。符呪の素材にも難儀するようになってしまうわ。妖魔は、素材よ」


「全くだね。彼らは飼っても使える。今の時代、呪殺の依頼も絶えないし……普通の人間にはまず、視認できない存在だ。素晴らしいことだよ」


「お前ら……」


「まぁ、君の家だけは少し考えが違うみたいだけどね。説得しようと思ったんだけど、無理そうだから君が着いてきそうなお膳立てだけしておいたよ。さて、そろそろお別れの時間だ。流石にこれ以上待っていると、あいつが向こうから出てきてしまう」


 慎司はそう言って、印を結び、俺の額に符を貼り付ける。

 さらに自らの親指を軽く噛んで傷つけ、俺の顔に呪印を描き始めた。

 素早くて、良い手際だった。

 これだけの能力があるのに……こいつらは。


「では、さらばだ。尊。僕は割と君のことが好きだったよ。まぁ、実験動物として、だけどね……大結界術《鬼神封殺重合円》起動!!」


 そう唱えた直後、


「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 俺の体から、あり得ないほどの真気が引き出されていく。

 それは鬼神島を包み込むような巨大な球体を形作るように気術円を何十何百も現出させ、そしてその輝きが最高潮に達した瞬間を境に、極度に収縮し始めた。


「……おっと、そろそろまずいな。帰るよ、重蔵、景子」


 慎司がそう言って、転移符を破り捨てる。

 あれは滅多に作ることのできない貴重な符だ。

 それをこうも簡単に使うということは、それだけ逃げる時間もないということだろう。

 姿が薄まっていく慎司、彼は俺に最後に言った。


「君は結界の基礎として、全ての真気を引き出されてここで死ぬ。その死もまた、怨念として妖魔の首魁を縛るだろう。それでこそ、最大最強の結界術が完成するのさ……まぁ、君はそれを見ずに意識を失うだろうけど、僕の最高の術の基礎になれるんだ。喜んで死ぬといい……あぁ、君の家には、君は勇敢に戦って死んだと伝えておくから、安心してね。じゃあ」


「……待てっ……待て……慎司……重蔵……景子……お前ら……俺はお前らを、お前らを許さないぞぉぉぉぉ!!!!」


 腹の底から叫んだ。

 呪いを込めて。

 怒りを注いで。

 だが、そんな叫びが届くこともなく、彼らはその場から姿を消したのだった。

 俺の意識も、無理やり真気を引き出される苦しみに絶えきれず、遠くなっていく。


「……畜生……これで、終わりか……俺はまだ、やりたいこと、が……」


 そして、俺の視界は真っ黒に染まったのだった。

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