「あっちは栗（くり）の出る所でしてね。まあ相場がざっと両に四升ぐらいのもんでしょうかね。それをこっちへ持ってくると、升に一円五十銭もするんですよ。それでね、私がちょうど向こうにいた時分でしたが、浜から千八百俵ばかり注文がありました。旨（うま）くゆくと一升二円以上に付くんですから、さっそく遣（や）りましたよ。千八百俵拵（こしら）えて、私が自分で栗といっしょに浜まで持ってゆくと、──なに相手は支（し）那（な）人で、本国へ送り出すんでさあ。すると、支那人が出てきて、宜（よろ）しいと言うから、もう済んだのかと思うと、蔵の前へ高さ一間もあろうという大きな樽（たる）を持ち出して、水をその中へどんどん汲（く）み込ませるんです。──いえなんのためだか私にもいっこう分（わか）らなかったんで。何しろ大きな樽ですからね、水を張るんだって容易なこっちゃありません。かれこれ半日懸（かか）っちまいました。それから何をするかと思って見ていると、例の栗をね、俵（ひよう）をほどいて、どんどん樽の中へ放り込むんですよ。──私も実に驚いたが、支那人てえ奴（やつ）はほんとうに食えないもんだとあとになって、ようやく気が付いたんです。栗を水の中に打（ぶ）ち込むとね、たしかな奴は尋常に沈みますが、虫の食った奴だけはみんな浮いちまうんです。それを支那人の野郎笊（ざる）でしゃくってね、ペケだって、俵の目方から引いてしまうんだから堪（たま）りません。私は傍（そば）で見ていてはらはらしました。なにしろ七分どおり虫が入（はい）ってたんだから弱りました。たいへんな損でさあ。──虫の食ったんですか。忌（いま）々（いま）しいから、みんな打（うつち）遣（や）ってきました。支那人のことですから、やっぱり知らん顔をして、俵（たわら）にして、おおかた本国へ送ったでげしょう。

「それから薩（さつ）摩（ま）芋を買い込んだこともありまさあ。一俵四円で、二千俵の契約でね。ところが注文の来たのが月半ば、十四日でして二十五日までにと言うんだから、どう骨を折ったって二千俵という数が寄りっこありませんや。とうてい駄（だ）目（め）だからって、一応断わりました。実をいうと残念でしたがな。すると商館の番頭がいうには、いや契約書には二十五日とあるけれども、決してそのとおりには厳行しないからと、再三勧めるもんだから、ついその気になりましてね。──いえ芋は支那へ行くんじゃありません。アメリカでした。やッぱりアメリカにも薩摩芋を食う奴があるとみえるんですよ。妙なことがあるもんで、──で、さっそく買収に掛かりました。埼（さい）玉（たま）から川（かわ）越（ごえ）の方をな。だが口でこそ二千俵ですが、いざ買い占めるとなるとなかなか大したもんですからな。でもようやくのことで、とうとう二十八日過ぎに約束どおりの俵を持って、行きますと、──実に狡（こう）猾（かつ）な奴がいるもんで、約（やく）定（じよう）書（がき）のうちに、もし甚（はなはだ）しい日限の違約があるときは、八千円の損害賠償を出すという項目があるんですよ。ところが彼はその条款を応用しちまって、どうしても代金を渡さないんです。もっとも手付は四千円取っておきましたがね。そうこうしているうちに、先方（むこう）では芋を船へ積み込んじまったから、どうすることもできないわけになりました。あんまり業（ごう）腹（はら）だから、千円の保証金を納めましてね、現物取り押さえを申請して、とうとう芋を取り押えてやりました。ところが上には上があるもんで、先方は八千円の保証金を納めて、かまわず船を出しちまったんです。でいよいよ裁判になったには為（な）ったんですが、なにしろ約定書が入れてあるもんだから、しようがない。私は裁判官の前で泣きましたね。芋はただ取られる、裁判には負ける、こんな馬鹿な事はない、少しは、まあ私の身になって考えてみてくださいって。裁判官も腹のなかでは、だいぶ私のほうに同情した様子でしたが、法律の力じゃ、どうすることもできないもんですからな。とうとう負けました」