第2話 沼地の女

 髭の男が酒臭い息を吐きながら言う。


「心配しなさんな。このドレイク様はアルラウネの誇り高き剣士様だ。いくら戦争中の隣国の民だからって、通りすがりの女に手を出すような下世話げせわな事は……」


 手を軽く上げて男の発言をさえぎったドレイクは、彼女の目を見て言った。


「驚かせて申し訳ない。我々は戦いに来たのではありません。このアウドムラ王国との戦争を終わらせるために、我が君主アルラウネ公に特使としてつかわされて、この地にやって来ました」


 女は目を輝かせた。


「戦争が終わるのですか?」


 ドレイクは静かに頷いた。


「そうです。そうしなければなりません」


「では、もう、こんな所まで薬草を取りに来る必要も無くなるのですね」


「薬草を?」


 頷いた彼女は、身をかがめると、足下に生えていたんだ。それを見たヨッドが髭を触りながら言った。


「ほう、プロメテイオンじゃねえか。アウドムラには豊富に自生していると聞いてはいたが、まさか本当に生えているとはなあ」


「プロメテイオン?」


「伝説の薬草ですよ。なんでも、どんな傷や病気でも治せるのだとか。私も本物は初めて見ました」


「どんな傷や病気でも治せるのか。我がアルラウネの特産品であるマンドゴラでさえ、そこまでの効能はない。それは驚きだ」


「いやいや、マンドゴラは魔法傷や魔法病に効くんですよ。こちらは、剣や槍による傷や世に広がっている疫病に効くんです。そうだよな、おネエちゃん」


 女は大事そうにプロメテイオンをバスケットの中に仕舞いながら答えた。


「はい。戦争で多くの人々が怪我や流行病はやりやまいに苦しんでいます。私の父も病に伏しています。だから、これを探しにきました」


 細い眉を寄せたドレイクは、憐憫れんびん眼差まなざしを女に向けた。


「お気の毒に。では、そのプロメテイオンは何としてもご自宅まで持ち帰らなければ。ご自宅はこの近くなのですか?」


「いいえ。王都の隣の宿場町です」


「そうですか。実は我々もそこに向かう予定なのです。よかったらご一緒しましょう。もうすぐ日も落ちる。夜になると、この辺りは危険だ」


 女は少し考えたが、申し訳なさそうな顔で首を横に振った。


「ごめんなさい。敵国の方と一緒に歩いていては、町に戻ってから人々に何と言われるか……」


 その時、犬が吠える声がした。向こうからさっきの犬がドロだらけになって走ってくる。口に何か大きな布地を咥えていた。目を細めながら、ヨードが言う。


「ひろしか。あいつ、何咥えてんだ。女物の下着のようだが……」


 ハッとした顔で振り返った女が言った。


「あの沼にはめすのグレンデルが住み着いていると聞いたことがあります。もしかしたら、その衣では!」


 グレンデルは沼に住み着く魔獣である。雄雌両方の種がいて、時に人を襲うという。


 両耳を後ろに倒したひろしが、咥えた大きな下着を引きずりながら斜面を駆け上がってくる。下から、全身毛むくじゃらの巨獣が唸り声を響かせながら、片腕で乳房を隠して追いかけてきた。


 女の前に出たドレイクが剣を抜きながら彼女に言った。


「さがっていて下さい。少し時間がかかりそうだ」


 デュラハン・アルコン・ドレイクは風に白髪をなびかせながら、舞うように剣を振り上げた。

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