第15話 俺は、愛想の良い、彼女の裏の姿を知らない…

「ねえ、どこに行きたい? 私は大体、目星は決めているけど。浩乃君は、どこがいい」

「俺は……」


 東浩乃あずま/ひろのは彼女と街中にいる。


 放課後になり、学校を後にした浩乃は、多くの店屋が立ち並ぶ繁華街を隣同士で歩いていた。


 桐野由羽きりの/ゆうは、愛想よく話しかけてくる。


 そんな彼女が本当に怪しい存在なのか、今のところわかっていなかった。


 名前も知らない子から、由羽は怪しいと言われても、しっくりと来ないのだ。


 誰とでも隔てなく関わっている由羽が、何かを隠しているような気もしない。


 浩乃は、繁華街の街並みを眺めつつも、彼女と一緒にいるのに、そんなことばかり思考していた。


 この話を持ち出した名前も知らない彼女は、すでに学校から立ち去っていたのだ。


 噂で聞いた話だが、彼女は本当に通学したい時にだけ通っているらしい。


 むしろ、急に由羽のことを怪しいとか言い出すなんて、あの子の方が怪しいと思う。


 だがしかし、怪しいといっても、具体的にそれを証明する材料もなかった。


 彼女から、由羽と付き合いながら監視するという面倒な課題を与えられ、精神がすり減りそうである。


 デートくらいは、気楽にしたいものだ。




「私ね、こういう場所がいいかも」

「え、どこ?」


 浩乃は一人でモヤモヤと考え込んでいて、ハッキリと彼女の意見を聞いていなかった。

 が、なんとなく由羽が言おうとしていることはわかる。


 一応、話を合わせておくことにした。


 浩乃は由羽と共に、その場所に立ち止まると、彼女が指さすところを見やる。


 立ち寄ってみたいという場所は、あまり見たことのない店屋。


 外観だけ見ると、よさげな雰囲気がある。


 もしかすれば、新しくオープンした場所かもしれない。


 女の子が興味を持ちそうな雰囲気が漂っていた。


 今流行りというべきか、そんな印象を受けたのだ。


「ここでいい? 浩乃君が、他に行きたい場所があれば、行先を変更してもいいけど?」


 由羽は、浩乃の反応を伺ってくる。


「うん、いいよ。ここで」


 浩乃は頷いて、そう返答した。






 二人は、その店屋に入店することになった。


 店内は外観と雰囲気が似ており、よさげな空気感が漂っている。


 今流行りのBGMが店内には流れ、悩み疲れている感覚から解放されるようだ。


「何名様で」


 店屋の奥からは、若い女性スタッフが姿を現す。

 笑顔で体操してくれる。


「二人で、お願いします」


 隣にいる由羽も、愛想よく返答していた。


「では、ご案内しますね」


 女性スタッフは、二人をとある席に案内してくれる。


 そこは店内の中心らへんのところ。


 二人は向き合うように席に腰を下ろした。


 辺りを見渡すと、結構賑わっているのが伺えた。


「では、こちら、水になります。ご注文がお決まりましたら、テーブルの呼び鈴の方を押していただければ、お伺い致します」


 と、女性スタッフは笑顔でいい、立ち去って行った。


 それにしても、若い人らが多い。


 自分らも若い方の部類だが、店内にいる客層的に、二十代前半くらいの人が目立つ。


 二人はひとまず、メニュー表を見ることにした。


「ねえ、どういうのがいい?」

「どうしようか……結構な種類があるね」

「そうだよね。私、ここのお店に来るの、初めてなの。商品の数が多いって聞いていただけ、思った以上よ」

「由羽さんも、初めてなの?」

「そうだよ。一か月前にオープンしたらしくてね。来てみたいなって、ずっと思ってたの」


 由羽はテーブル上に広げられたメニュー表を見ながら言う。


 彼女は、今流行りで絵になりそうな料理をまじまじと見ていた。


 ここの店屋は、自撮りしてSNSにアップするのを手伝うとのいうのをコンセプトにしているらしい。


 辺りを見渡せば、確かに、スマホのカメラ機能で撮影している人が多くいる。

 そして、シャッター音も響いていた。


 現代を意識して、経営しているお店なようだ。


「これもよくない?」

「うん。そうだね」


 浩乃は頷くのだった。


 由羽が選んでいたのは、パフェのようなもの。


 パフェ以外にも、自撮りできるほどに魅力的なモノばかりであり、浩乃は迷っていた。


「では、やっぱり、こっちもいいかも……?」


 由羽は一度決めたものの、迷い口調になっていた。


「じゃあ、どちらも購入するっていうのは?」

「そうだね。その方がいいかも。けど、食べられるかな?」

「大丈夫。俺が食べるから」


 浩乃が言うと、彼女はお願いねといった感じに、笑顔を見せてくれた。




 注文の品が決まると、由羽はスタッフを呼んでいた。


 食べたいモノを、色々と注文していたのである。


「では――で、よろしいですね」

「はい、お願いします」

「少し時間がかかりますので、少々お待ちください。それと、撮影用のエリアもありますので。そちらの方をご利用の場合は、スタッフに一声かけていただけば、案内いたします」


 女性スタッフはハキハキとした口調で案内を終えると、慣れた手つきで、注文内容を入力する電子端末を操作していた。


 女性スタッフは背を向け、別のテーブルへと向かって行く。


「楽しみだね」


 由羽は、はにかんでくれる。


 本当にそんな彼女が裏の方で怪しいことをしているのだろうか?


 まさか、そんなはずはないと思ってしまう。


 由羽の見た目からは連想もできない事だ。


 だがしかし、彼女のすべてを知っているわけではない。


 もしかしたらということもある。


 なんだろ。

 悪そうな子には見えないんだけどな……。


 浩乃は対面上に座っている彼女の顔をまじまじと見てしまう。


 由羽は本当に美少女である。


「どうしたの?」


 浩乃が見入っていると、彼女から話しかけられる。


「え、いや、なんでもないよ」


 浩乃は誤魔化すように返答した。


 こんなところで感づかれはいけない。


 そう思い、立ち振る舞う。


「気にしないで、大丈夫だから」

「そう?」


 由羽は首を傾げていた。




 由羽は何事もなく、済ませてくれたのだ。


 けど、安心はできなかった。


 こちら側の思考を読まれてしまったら、すべてが終わってしまう。


 名前も知らない彼女との約束であり、本心を隠しながら、由羽を観察することが重要になっていたのだ。


 次からは彼女には感づかれないように、立ち回っていこうと思う。


 下手に行動すると、彼女が素を晒さなくなるかもしれない。


 浩乃は商品が届くまでの間、少しだけ水を飲むことにした。


 気分転換をしたのである。


 彼女がいつ本性を現すのか、逆に気になるところだ。


 それにしても、由羽の裏の顔とは、一体……。


 というか、あの子はなんで、由羽に対して、強い恨みを抱いているのだろうか?


 まさか、彼女から何かをされたとかなのだろうか?


 何も知らない浩乃は、再び悩んでしまう。


 すべてが謎めいており、その闇に染まった現状が、浩乃の脳裏を蝕んでいくようだった。

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