第8話 俺はまだ、あいつと和解するつもりなんてない

 今日は本当であれば、付き合っている彼女と一緒に帰宅するつもりだった。


 でも、今はかなり大事な事態に巻き込まれていたのである。


「今日は私と一緒に帰るんですよね?」

「私とだよね、東君」

「違うでしょ。今日は私と一緒って、昼休みに約束したじゃない」


 放課後。

 校舎の一階の廊下。

 東浩乃あずま/ひろのは三人の女の子から言い詰められていた。


 傍から見たら嬉しい状況かもしれないが、現実は違うのだ。


 それは実際に体感してみたいと、その辛さはわからないだろう。


 浩乃はどう返答すればいいのか、三人の女の子を前に迷っていたのである。


「浩乃先輩、ハッキリとしてくださいッ」

「そうよ、ちゃんとして」

「答えはもう決まってるでしょ」


 朱莉、果那、由羽の三人から言われた。

 尋問されているかのようである。




「でも、急に言われてもな……えっと、今日は由羽さんと一緒に帰宅する予定で」


 浩乃はたじたじになりながら消えそうな声で言った。


「そうでしょ。じゃ、一緒に帰ろ」

「う、うん」


 浩乃は由羽から腕を引っ張られ、校舎の昇降口へと向かうことになった。

 が、背後から向けられているのは、脅威となる視線。

 そのオーラに圧倒されてしまう。


 浩乃はチラッと背後を見やる。

 不満そうな表情を浮かべる、後輩の多岐川朱莉と部長の南海果那みなみ/かなが佇んでいたのだ。


 さすがに気まずい。


 そんな二人を残し、由羽と一緒に帰路につくのは、明日からのことを踏まえると精神的に圧迫されそうであった。


「今日はごめん」

「え? どういうこと?」

「今日は……三人で」

「三人って、もうー」


 由羽は頬を膨らませ、つまらなそうにしていた。






 本当であれば、この後、桐野由羽きりの/ゆうと街中に行き、デートをする予定でいた。


 しかしながら、威圧的な態度を見せてくる二人を前に、由羽と街中デートしても、絶対に集中できなくなるだろう。


 ここは、後輩と部長。

 その二人を同行させた方がいい。


 浩乃はまだ、その二人から言い寄られている最中であり、無碍な態度で接してしまうと、後々大変になってしまう。


「んん、私、浩乃君と一緒にデートをしたかったのに」


 由羽は不機嫌そうな顔をする。






「というか、いい身分ね」


 刹那、浩乃の背筋が凍りそうになった。

 幼馴染の嫌味ったらしい声が聞こえてきたからだ。


「……お前には関係ないだろ」


 幼馴染の西野奈月にしの/なつきは、浩乃の近くにやってきていた。


「……私のことは簡単に振ったくせに、こういう時だけは、やけに優しいのね」

「優しいって、俺は別に……そういうのじゃないから。俺の苦労も知らないで」

「苦労? 沢山の女の子と一緒にいるのが? あなたはもう少し自分の立場をわきまえたら?」

「……そういうのは俺にしかわからない苦労もあるんだよ」


 浩乃も挑発的に言うと、奈月は返答することなく背を向け、そのまま昇降口の方へと向かって行ったのである。






 本当に幼馴染の奴には、腹が立ってしょうがない。


「浩乃先輩、あの人とそんなに仲がよくないんですか?」

「まあ、そうだな」

「もしかして、嫌なことをされたとか?」

「まあ……あれは嫌なことかもな」


 奈月は浩乃の知らないところで、色々なことをしていた。


 浮気をしたり、声を大にして言えないこととか。


 本当に色々である。


 だから、浩乃は高校二年生になった春頃に奈月を振ったのだ。


 幼い頃からの付き合いだったのに、一度でも関係性が崩れると修復するのは難しいものである。


 そもそも、幼馴染のことなんて、どうだっていい。


 むしろ、早い段階で、隠し事をする奴だったとわかってよかったと思う。


「浩乃先輩は、それでいいんですか?」

「……まあ、あいつの方が悪いんだ。あいつの方から謝ってこないなら、別にどうだっていいよ」

「ふーん、そうなんですね。でも、幼馴染なんですよね?」

「そうだけど」

「そういう関係なら、何かのきっかけがあれば、もとに戻りそうな気はしますけどね」


 後輩の多岐川朱莉たきがわ/あかりはさりげなく、そんなアドバイスを口にしていたのだ。




 何かのきっかけがあればか……。


 確かにそうかもしれない。

 が、自ら奈月との関係を修復したいとは思えなかった。


 むしろ、この距離感の方がちょうどいいとさえ思う。

 無理には修復したくないというのが本音である。


「では、そろそろ、街中に行きましょうか、東君」


 背後から部長から誘惑があった。


 それにしてもデカい。


 何がとは言わないが、いつも通りの大きさだと思う。

 その方が、何かと安心するものである。


 浩乃は不覚にもニヤニヤとした笑みを見せていると、近くにいる由羽からジト目を向けられていた。


 そんな事態に、浩乃は軽く咳払いをし、さりげなく誤魔化す。


「じゃあ、行こうか」

「まあ、いいけどね。というか、浩乃君の右腕は私のモノで」

「⁉」


 刹那、由羽の胸が浩乃の腕に強く接触したのだ。






 周りには、大中小となるものがある。


 何がとは具体的には言わないが、そういったものに、浩乃は囲まれていたのだ。


 先ほど学校を後にした四人は、街中を歩いていた。


 その中心に浩乃がいる感じである。


 街中でハーレム状態ということで、周りから向けられる視線は多かったのだ。


「あの人凄いな」

「陰キャっぽいのに、どうやってモテたんだ」

「意味不明だな」


 周りからの評価はあまりよいものではない。


 嫉妬染みたセリフばかりが、浩乃の耳には入ってくる。


 それもそのはず、事実であるから仕方ない。


「ねえ、浩乃君は、どこの店に入る?」

「この前は、ハンバーガー店に入ったよね?」


 由羽の問いかけに、部長が割り込んで言う。


「それは……」

「ねえ、どういうこと? 私の他にも、プライベートを一緒にしてるの?」

「えっと、それは、部活の一環で……で、ですよね部長?」

「それはどうかな?」


 部長はクールに、何事もなかったかのように話す。


 これじゃあ、余計に話が拗れてしまうよ……。




 そんな予感は的中する。


「浩乃先輩。私とまだデートしていないのに、南海先輩ともデートしてたんですね」

「ごめん」


 浩乃は左側にいる後輩に謝罪する形となった。


「ずるいです。やっぱり、おっぱいが理由なんですね」

「おっぱい……いや、そうじゃないけど。そういう不埒な考えは……」

「浩乃先輩、ちょっと戸惑ってますよね? やっぱり」


 隣にいる後輩の朱莉はシュンとしていた。


「でも……私、もっと、浩乃先輩に好きになってもらえるように頑張りますから」


 後輩は元気よく、浩乃の左腕に強く抱きついてきた。


 いくら小さいとは言え、微かに接触する胸の温かみにどぎまぎしてしまう。


「そういうことをするなら、私も」


 背後から落ち着いた、部長の声が聞こえるが、背に当たる胸の膨らみの主張は凄いものだった。


「じゃあ、誰が浩乃君のことを一番好きか、勝負しましょ」


 右隣にいる由羽も張り切って、胸を押し当ててくる。


 これじゃあ、色々な意味で、精神を保てるかの試練を受けているかのようだ。


 むしろ、浩乃の試練は始まったばかりであった。

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