約束の時間

 それから歯を磨いた勇達御一行は、千咲と匠海はリビングに戻り、勇と紗夜はこれからのことを考えてしまったのか、若干の気まずさがありながらも勇の部屋へと向かい出す。


「顔赤かったでしょ?」

「そっちもだろ」

「私はそこまでだったじゃん」

「いーや。俺より赤かったね」


 鏡で自分の赤面を確認した勇と紗夜は未だにほんのりと頬を赤くしていた。


「そんなことないですー」

「そんなことしかないですねー」


 気まずさはあるものの、これからの嬉しさが勝っているのか、口調が軽くなりながら勇の部屋に入る。

 部屋に入っても本を読むことぐらいしかやることがない2人は、ベッドの上に腰掛けた。


「その赤っ面はいつ治るんだ?」

「そっちだって治ってないじゃない」

「俺は元々これだよ」

「嘘つき!赤くなることは多かったけど、元々ではないじゃん!」


 頬を膨らませて怒る紗夜は、勇の赤くなっている頬をつねりだす。


「なんひゃよ。つひぇるりひゅうないひゃろ」

「なんて言ってるか分かんないー」

「なひゃひゃめろよ」

「日本語で話し――……話ひへよ」


 仕返しだと言わんばかりに頬をつねり返す勇は睨みを効かせ、そんな紗夜も睨みを返した。

 きっと、この後の事を意識して赤くなっているということは2人とも分かっているのだろう。だが、自分からこれからのことを言うのは恥ずかしいと両者とも思っているらしく、なんとなくで雰囲気を作り出そうとした結果、頬をつまむことになってしまった。


「なんへひっへるかわかひまへん」

「ほっひはってわはらない」

「ひはへーよ」

「はか」

「はまれはか」


 聞こえないと言っている割には会話を成り立たせている2人はどちらからともなく頬を離した。

 どういう意図で離したのかと言われれば両者とも言葉にすることは出来ないが、相手の気持ちが分かっている以上、つまむ必要がなかった。


「……しないのか?」

「する……」

「ん……」


 勇が小さく返事を返す。リモコンで電気を暗くしてベッドに倒れ込み、


「ほら来いよ」


 ポンポンと隣に来るようにベッドを叩く。言葉はなく、素直に頷いた紗夜はゆっくりと勇の隣に倒れ込むと、今朝と同じように勇の胸に顔を向けた。

 こういうところだけはやけに素直なんだよな、と思う勇はそっと紗夜の頭に手を置き、自分と紗夜に掛け布団をかける。


「……ほんとにいいの?」

「約束は破らない男だからな」

「……ふーん」


 嬉しそうに方を緩ませた紗夜は掛け布団の中に潜ると、両手で勇の服を上げ始める。が、プハッと掛け布団から顔を出した紗夜は少し頬を膨らませて不服気な顔をしていた。


「なんだよ」

「暗くて見えない」

「…………しらねーよ」

「電気つけてー?」

「嫌だよ恥ずいのに」

「えーー」


 先程までの緊張はどこへやら、すっかり素に戻った2人はお互いの目を見つめ合い、それは勇が無理やり掛け布団の中に紗夜を入れるまで続いた。「うむっ」と言う声が紗夜から聞こえたが、そのままお腹に紗夜の頬を押し当てる。


「そんなに私にお腹触って欲しいんだねー」

「わざと上目遣いやっただろ」

「なんのことかなー」

「自分の可愛さに自惚れんな?」

「実際可愛いんだからいいじゃんー」

「はいはいそうだね」


 優しく撫でながらあしらうと、お腹の上で頬を膨らませているのが分かる。だが、すぐに膨らませた頬を離した紗夜は暗闇ながらも感覚だけで勇の腹筋を触ると、再び頬が緩み始める。


「やっぱすごいね。いっぱい頑張ったんでしょ」

「まぁ、かなりね」

「偉いね〜筋トレしてて偉いね〜」


 よしよしと頭ではなく、お腹を撫でる紗夜は勇ではなく、腹筋を褒めているように見えた。そんな紗夜に不服げな溜め息をついた勇は頭から手を離し、頭上にある枕を取ろうとする。


「なんで頭から手離すの?」

「腹筋を褒めるような真似したからだろ?」

「そんなことしてないから」


 慌てて勇の手を捕まえた紗夜はヒョコッと顔を出したかと思えば勇の手を自分の頭に置き直した。

(くっそこいつ……。なんで!こいつは!そういうことを!すぐにやるんだよ!)

 ふにゃふにゃと頬を緩める紗夜に、歯を食いしばりながら仕方無しにもう片方の手で枕を取る勇。


「もう満足したろ。俺寝るぞ」

「えー。もう寝るの?」

「お前とは違って健康体だからな」

「私も健康体だから」


 そっと目を閉じた勇は飛んでくる紗夜の言葉をしっかりと返しながら、胸まで登ってきた紗夜の首元に腕をやる。

 すると紗夜も口を開きながら腕に首を置くと、胸に頭を置くように勇に体重を預けた。


「なんか、色々とありがとね」

「あれに関しては別に礼を言わなくていいぞ」


 勇が言うあれというのはお風呂上がりに紗夜が叫んで地面に倒れ込んだことだろう。だが、どうやら紗夜が言ったのは別のことだったようで、


「それじゃなくて、私のわがままとか聞いてくれたこと」

「わがまま言ってた自覚あるんだな……」

「まぁねー。私、自分のことをよく知ってるから」

「知ってるなら自嘲してくれよ……」


 紗夜も目を閉じながら自分の評価を上げようとするが、率直な言葉でツッコミを入れる勇によって評価が上がることはなく、目を閉じたまま眉間にシワを寄せて勇の胸を軽く叩く。


「そんなわがままをいっぱい言ってくれる彼女が可愛いんでしょ?」

「それは人によるんじゃねーか?まぁ俺は心が広いからある程度のことなら許すんだけど」

「ふんっ。どこがよ」


 鼻を鳴らす紗夜は勇の優しさを分かっていながらも、わざとらしくそう呟く。

 紗夜の言葉で会話が終わると、当然静寂が2人の間に流れ、意識が自然と自分の世界に入る。

((落ち着くなぁ))

 相手の温もりのおかげなのか、それとも気を許せる人物だからなのか、はたまた違う理由なのか……今の2人ではまだわからない感情がぐるぐると胸の中で渦巻く。しかし、それは心地いいものであり、特に気にしない紗夜は、勇に体を預け、勇は紗夜を抱きしめるように背中に手を回して体の力を抜いていく。

 そして鼻からゆっくりと小さく息を吐くと、

((いや寝れるか!!))

 心の中で叫んだ勇と紗夜は時間が解決してくれるだろうと目を閉じていたが、引っ付く体が動く度に寝れる気はせず、何度か目があってしまう。

 結局は2人して掛け布団に潜り、完全な暗闇状態にして相手を意識しないようにするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る