悪魔の囁き①

「ほらできたぞ」


 テーブルにフレンチトーストを並べると、勇は千咲と匠海と入れ替わりにソファーに腰掛けた。


「ありがと〜」

「ありがとうございます」


 2人のお礼に頷いた勇はポケットに手を入れると、誰にも見せないように下着を抜き取り紗夜が畳んだ白いパーカーの中に挟む。


「私の畳み方変だった?」


 勇の行動が洗濯物の畳み直しだと思ったのか、畳む手を止めた紗夜は小首をかしげながら、パーカーの中に手を入れる勇の顔を見つめる。

 慌てて手を引っ込める勇は顔の前で手を振り、ジェスチャーでも言葉でも違うという事を言い表そうとする。


「ちがうちがう!全然綺麗だよ!」

「ならどうしたの?」

「いやぁ……できれば気づいてほしいんだけどな?」

「気づく?」


(こいつ……さっきのこともう忘れたのか?)

 紗夜の記憶の悪さに呆れを見せる勇は、先程キッチンからチラッと盗み見た、勇が下着を入れた別の白いパーカーの間に手を入れだす。


「え?ちょ、そこには私の」

「うん。俺も入れたんだよね」

「あーそういうこと?」

「そういうこと」


 なぜかやけに大人しい紗夜はやっと勇が言わんとすることを理解し、納得しながら頷く。

 やはりというか、大人しい紗夜に違和感を持った勇は先程の紗夜と同じように小首をかしげ、今度は勇が質問を投げる。


「なんかお前大人しくね?熱か?」


 こんな一瞬で熱なんて出るはずもないが、それほどの驚きだった勇は冗談交じりに紗夜に問いかけたのだが、


「こんな一瞬で熱が出るわけ無いでしょ。バカなの?」

「…………」


(なるほど。わからん)

 紗夜の情緒が分からない勇は目を細め、毛を逆立てた猫のように睨みつける紗夜は手元だけは洗濯物を畳んでいた。


「俺はお前の怒りのラインが分からないよ」

「なら教えてあげる。あなたが煽ってくるタイミングよ」

「いや俺は煽ってないが?」

「煽ってます。しっかりと」

「どこがだよ。どちらかといえばお前のほうが煽ってるだろ」

「そんなわけないでしょ」

「やっぱりお前バカだ」

「そういうところでしょ!」


 バカ!と語尾に付ける紗夜は勇のふくらはぎを勢いよく叩く。

「いたっ」と小声で別に痛くもないものを大げさにする勇なんて無視し、何事もなかったように視線を洗濯物に戻す。


「ねね、匠海」

「うん」

「まじおもしろいね」

「うん。まじおいしいな」

「ん゛ん゛、私の話を聞いていないことは分かった。美味しいのは認めるけど」


 喉を鳴らした千咲は頬いっぱいにフレンチトーストを詰める匠海を見やる。これまた美味しそうに食べる匠海は千咲の視線には気がついたのか、見上げるように千咲を見た。


「ん?」

「本当に聞いてないんだ……まぁいいけどさ。てか、そんな急いで食べなくてもフレンチトーストは逃げないよー?」

「わからんぞ。足が生えて逃げるかもしれん」

「そんなわけないでしょ……」

「まぁこれは冗談として、姉さんが甘い物好きだから奪われるかもだからな」

「いやそれは流石にないでしょ」


 匠海の冗談を苦笑で聞いていた千咲は紗夜が人の食べ物を盗むとは思えなく、真顔でツッコむと紗夜の方を見た。

 千咲が紗夜の方に目を向けた瞬間、慌てて顔を逸らした紗夜が中々終わらない洗濯物を畳みだす。だが、千咲は見えてしまった。紗夜の口からよだれが溢れ、羨ましそうな目を向けていたことを。


「お前朝からどんだけ食いたいんだよ」


 千咲と匠海の会話を盗み聞きしていたのか、勇も千咲と同じように紗夜の顔を見て一部始終を目視してしまった。

 慌てて口元を拭う紗夜だったが、はしたない顔が勇に見られたことが相当恥ずかしかったのか、畳んでいる服で顔を隠してしまう。


「別に……食べたいわけじゃないし……?」

「嘘つけ。食いたいなら作ってやるぞ?素直に言うならな」

「だから別に食べたいわけじゃ……」


 なにが何でも食べたいとは言いたくない紗夜は、恥ずかしさを絞め殺すように顔を隠している服をギューッと顔に押し当てた。

(ほーん。甘いものが好きなんだな。別に意味はないけど一応覚えとくか。仮の彼女だし)

 自称頭の端っこにメモする勇は重く見せかけた腰を上げ、そっと紗夜の頭を撫でてキッチンに向かい出す。


「まぁ今回は作ってやるよ。普通に余るし。あとその服俺のだからな?」

「えっ!うっそ!?それはごめん!」

「逆に誰のだと思ったんだよ……」


 撫でられたことなんて気にしてないかと言わんばかりに服を顔から離した紗夜に対し、勇も撫でたことを気にしていないようにキッチンへと歩き出す。


「ねね、匠海」

「はい」

「この入り方2回目だね」

「……そうだね」


 匠海の顔を見ることなく、先程も同じ入り方をしたことについて話しかける千咲。

 意識してやっただろ、と言わんばかりに目を細める匠海は食べ終えたフォークをお皿の上に置く。

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