イタズラ

 勇が自室から帰ってくると紗夜はきちんとソファーに座っており、膝を丸めてテレビを見ていた。

(こいつって静かなときもあるんだな。素を出してから静かな時がなかったから逆に違和感が半端ねぇ)

 紗夜が静かにできることに対して関心を持つ勇も物音を立てることなくそっとダイニングチェアに座った。

 だが、それが紗夜の引き金になったのか、勇の方に視線を移した紗夜は口を開いた。


「こっち座らないの?」

「座らん」


 もったいないことをしてしまったと胸中で悔しがる勇をよそに、紗夜はポンポンとソファーを軽く叩いて隣に座るように指示する。


「せっかく開けたんだから来たら良いのに」

「…………わーったよ」


 このまま紗夜に話し掛けられ続ければ読書どころではないと勇は判断したのか、渋々紗夜の言葉に頷き、ソファーへと移動した。


「おー偉い偉い。私の言うことが聞けて偉いね〜」

「……」


 子供をあやすように勇を褒める紗夜のことなんて無視し、手に持った小説を開いた。


「それなんて言う小説〜?」

「…………」


(無視無視)


「うっわ、文字多すぎて目疲れるそ〜」

「………………」


(無視だ無視無視)


「ねぇねぇ、それどういう話なの〜?」

「…………うるさい」

「え?なんて〜?」


 質問を重ねるに連れて身を近づけてくる紗夜に等々しびれを切らした勇は一言も読めなかった小説を閉じ、紗夜の顔をジトッと睨む。


「なんだよ。本を読む邪魔をしたいのか?それは普通に性格悪いぞ?」

「あなたの方が性格悪いじゃん。私に興味を示さなくなった瞬間態度が冷たくなるって、乙女心のなにもわかってない」

「いや知らねーよ。こっちは娯楽が潰されてるんだよ」

「私は心が傷つけられた」


 勇と同じように睨み返す紗夜はやり返してやったぞという達成感は湧き上がってくるが、まだ飽き足らないようで次は頭に手を回して背もたれに体重を預けた。


「心身の傷って中々癒えないんだよね〜慰めてほしいなぁ〜」

「……いきなり態度変えるなよ。合わせるのが大変だわ」

「知らなーい。そんなことよりも私の心は傷つきましたー。どうせ暇でしょ?なら私の心を癒して」

「別に暇ではないんだが――いや、そういうことか」


 勇はこれまでの紗夜の態度でなにかを察したのか、言いかけていた言葉を止めて1人で頷き出す。そんな勇が気になった紗夜は小首をかしげる。


「お前、俺に構ってほしいんだろ。素直じゃないなぁ〜。ちゃんと言ってくれたら本なんて取りに行く必要なかったのにな〜」


 わざとらしく笑みを浮かべる勇はソファーの前にある机に本を置きながらからかうような声音で紗夜に言葉を返した。


「――っ!ち、ちがう!!」

「ちがうわけないだろ〜。俺の本を読む邪魔をして?その理由は冷たい態度を取られたからで?そして俺に身を寄せてくる、のどこがちがうって言うんだよ〜」

「そ、それは仕返しがしたかっただけで……!」

「仕返しという名のかまってアピールだろ〜?もう分かってるんだから隠さなくていいぞ〜」


 勇は本を置いた手で子供ではなく、犬をあやすように紗夜の頭を撫でながら優しい言葉を次々に並べていく。頭を撫でられるのが好きなのか、紗夜は一瞬頬を緩めたが、すぐに状況を理解して頭を撫でる勇の手を握って頭から離さす。


「ちがーーう!!あと撫でないで!!!」

「嬉しそうだったじゃん」

「別に嬉しくない!もういい!!私テレビ見るからあっちで本読んで!」


 自分では完璧だと思っていた紗夜の作戦は儚く失敗してしまい、今度は先程とは真逆のことを言って勇を離れた場所に行かそうと体を押し出す。


「照れ屋だなー」

「ちがうからさっさとあっち行って!!」

「はいはーい」


 不敵な笑みを浮かべる勇は素直に紗夜の言うことを聞き、机から本を取って元いたダイニングチェアに戻った。途端、勇の顔からは笑みが消え、机に突っ伏してしまう。

(なんだよあの撫でられたときの顔は!不覚にも可愛いって思ってしまったじゃないか……!てか、サラシ退けるなって言うべきだった……。俺の服がぶかぶかなせいか、普通に見えそうなんだよなぁ!)

 紗夜の目の前では平然を装っていた勇だったが、心境はこのような有様だった。

(いや、あいつは俺を騙してたんだぞ?そんなやつを可愛いと思ったらダメだろ。こんな邪な気持ちは捨てるべきだ)

 だが、昨日までのことを思い出し、気持ちの整理に成功した勇は顔を上げてチラっと紗夜の方に目を向ける。

 タイミングが良かったのか悪かったのか、紗夜と目があってしまうが、両者とも気まずさがあったのかすぐに目を逸らしあってしまう。

(ちがう!これは絶対ちがう!!俺はあいつのことを可愛いだなんて思っていない!!違う!絶対にちがうからな!!)

 誰に言い聞かせているのかもわからない言い訳を心の中で叫ぶ勇はゆっくりと顔を上げ、今度は紗夜のことを見ることもなく小説を開き、一文字も読むことはできなかったが読むフリを貫く。

(なっによあれは!なんで頭撫でるのよバカ!!それになんで目が合うのよ〜〜〜!!私はなにも感じてない!私はドキドキなんてしてない!!心地いいだなんて思ってない!絶対に思ってないから!)

 膝を抱えて俯く紗夜も紗夜で、勇と同じように誰に問いかけているのかわからない訴えを心の中で叫び、チャンネルを変える素振りをしながらも内容は全く頭には入ってこず、そのまま数時間が経過していた。

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