朝ごはん

「そういえばだけどさ、おまえ料理下手だよな?」


 朝食を食べる勇はふと思う出したかのように口を開く。

 勇の前に座る紗夜は作ってもらったフレンチトーストにかぶりつきながら睨みつけた。


「ふぁたし、ひょうりへひるし」

「口の中無くなってから話せって」


 綺麗にナイフを使って食べている勇に注意をされる紗夜はさらに目を細めるが、行儀が悪いのは認めているのか、素直に言われたとおりに飲み込んだ。


「だから!私は料理上手いからって言ったの!」

「なんでそんなキレ気味なんだよ……」

「だって、あなたのくせに食べ方綺麗だもん!」

「いやそれは理不尽すぎだろ」

「しりませーん。私の素を知ったからにはボコボコに言いますー」

「はぁ……女の素って怖いな……」


 呆れ混じりの溜息を吐いた勇はフォークに刺したフレンチトーストを口に入れる。紗夜も同じようにフレンチトーストを口に入れると、悔しそうに勇の顔を睨む。


「ちゃんと美味しいし……!なんであんたが料理上手いのよ……!」

「練習してるからな。てか、睨むのやめろ?シワ増えるぞ」

「わーかってるから!」


 勇の注意を受けた紗夜はやはり悔しそうにはしていたが、自分の顔にシワが増えるのは嫌なようですぐに顔から睨みを消した。

 その後は特に会話はなく、食べ終わった勇は台所に食器を置くとリビングを見渡した。リビングには昨夜、千咲と匠海が遊んでいたのであろうゲーム機が散らばっており、徹夜するために飲み干されたエナジードリンクが4本転がっていた。

「はぁ」とまたもや溜息をついた勇は千咲達が散らかしたゲーム機などを片付けるためにリビングへと向かおうとする。


「溜息って幸せが逃げるんだよ?知ってた?」

「逃げねーよ。どこのでまかせだよ」

「うっわ、そんなのも知らないんだ。こっどもー」

「溜息ついたら緊張がほぐれたり、酸素の供給が増えたりして得なことしかないんだよ。そんな事も知らないお前のほうが子供だろ」

「溜息にそんな難しい意味なんてないから!絶対私のほうがあってる!!」

「だから俺があってるんだって」


 未だにフレンチトーストを食べる紗夜と散らかったゲーム機とエナジードリンクを片付ける勇はどうでもいい言い合いを繰り広げていた。

 先程とは違い、2人の言い合いを止めることができる人物がいないこの空間では止まることのない反論が飛び交った。


「ほんと子供だね!」

「ほんと子供だな!」


 結果的に、口を揃えてお互いがお互いを子供と決めつけ合い、見事にケンカップルが完成したのだった。



 紗夜が朝食を食べ終わるや否や、お腹が膨れて満足したのか我家かのようにソファーの上に寝転びだす。


「おい。食器台所もってけ?」

「いや〜だ。あんたに頼むわー」

「普通に嫌だが。朝飯作ってやったんだから洗い物ぐらいしろ?」

「えー。洗い物嫌い」

「知らねーよ。てか、キャラ変わりすぎだろ」


 先程の素の姿を見せあったのが印象的で今まであまり気にしていなかったのだろう。自分を隠していたときとは全く違う性格に訝しげな表情を浮かべる勇。そんな勇にクッションに顔を埋めていた美沙も訝しげな表情でじっと見つめる。


「それはあんたもでしょ?流石に変わりすぎて引くわ」

「俺は言うて変わってないだろ」

「いやいやいやいや、あの時は私にデレデレだったのか知らないだろうけど、鼻の下伸ばしてたし、敬語だったし」

「それ性格とあんま関係なくね?あと、鼻の下は一切伸ばしてないからな。あんなのに伸ばしてたまるか」

「嘘つき。私から見たら伸ばしてました」

「幻覚だろ。逆に俺に対して鼻の下伸ばしてたんじゃないのか?下手な丁寧語使って面白かったぞー?」

「へ、下手なってなによ!完璧だったでしょ!!」


 勇の煽りが効いたのか、体を起こした紗夜は声を荒らげながら自分は完璧な丁寧語を使っていたと訂正させようとする。だが、勇には訂正する気がないようで嘲笑しながらソファーに座る紗夜を見下ろした。


「どこが完璧なんだよ。どこかのお嬢様でもあんな変な丁寧語も使わんわ」

「絶対使うもん!私の丁寧語は完璧だったもん!!」

「んなわけねーだろ」


 頬をプクーと膨らませる紗夜は、ハハハとあざ笑う勇のお腹をポコポコと叩き出す。

 だけど、特に気にせずに叩いていた紗夜は見る見るうちに顔を赤らめていき、勇から視線を逸らして叩く手を止めてしまった。


「なんだ?今更俺のイケメンさに驚いたか?」

「ちがう!ただ……その……」


 先程までとはまるで違う紗夜の態度に、なにかを察したのか「ははーん」と手を叩いた勇は不敵な表情を浮かべる。


「さてはお前、腹筋フェチだな?」

「いやっ……!ちが、くはないけど……ちょっと思い出しただけというか……」

「まーだ朝のこと引っ張ってんのかよ」

「そりゃ引っ張るでしょ!」

「ガキかよ。俺はもう忘れたぞ?」

「うっさい。夢だと勘違いして私を抱き寄せたくせに」


 更に顔を赤らめた紗夜は勇には聞こえるように小声でそう呟く。

 紗夜の言葉は勇の中では1番忘れたかった記憶なのか、体を固めてしまった勇は紗夜にも同じ気持ちになってほしいのかやり返しの言葉を放つ。


「おまえも幸せそうに俺の胸の中に顔埋めたくせに」

「だ、だってそれは!あんたが抱き寄せたからじゃん!!」

「最初にやってきたのはお前だろ!?」

「ちがう!」

「ちがうくない!」


 お互いがお互いの黒歴史を引っ張り出すことに嫌気が差したのか、2人は顔を背けあって紗夜はクッションに顔を埋め、勇は着替えるためにリビングから出ようとする。


「着替えてくる」

「勝手に行ったら?」

「お前も着替えろってことだよ。察しろ」

「ちゃんと言葉で言ってくれないとわかりません」

「今言葉にしたからわかるだろ。さっさと着替えろ」

「泊まる準備してないのに着替えがあるわけ無いじゃん」

「千咲が昨日の夜洗濯物するって言ってたからあるはずだぞ。洗面所とか探してみろ」

「わかったわよ。さっさと着替えてきて」

「言われなくてもそのつもりです」


 リビングの扉が閉まったことを良いことに「バーカ」と扉越しに言い残す勇と紗夜はまるで小学生のようだった。

 昨日までは寛大な心を持っていると言い張っていた2人だったが、一夜もするとその言葉は嘘のように消えてしまい、犬猿も驚くほどに偏狭な心になっていた。

 自分の部屋についた勇は1つため息を付き、着替えるためにタンスを開く。


「何なんだあいつ。食器も片付けないし、陰キャの時と全く違うし、うざいし。あとバカだし。それとガキだし。更に言うならだらしないし」


 勇の口から紗夜への無数の暴言が出てきながらもタンスから白いTシャツと黒いズボンを取り出す。


「別に外出る用事ないからこれでいいか」


 そう独り言つと、家に一応仮の彼女がいるということが気恥ずかしくなったのか、寝間着を脱いでそそくさと着替える勇。その瞬間、勇の部屋の扉が勢いよく開き、泥棒が入ってきたかのような声を出す紗夜が入ってくる。


「ね、ねぇ!洗濯物してない!!」

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