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「……魔王、あなたの負けよ」


 崩壊が進む魔王城の一番奥、玉座の間。そこで私は聖剣をかまえなおした。

 聖剣を向けた先には――魔王。いや、魔王だったと言うべきか。


「ムダな抵抗はしないことね。あなたの闇の力は聖剣がすべて消し飛ばしたから。もうなにもすることはできないわ」

「ぐっ……」


 私の言葉はおどしでもなんでもなかった。事実、戦う前までは大きな身体と黒いオーラをまとっていたが、今やその面影はなくただの人間のような見た目に変わり果てている。ただひとつ魔王の名残なごりがあるとすれば、髪が真夜中のように黒いことだけ。


 そんな魔王、いや元魔王は口惜くやしさに顔をゆがませ、唇をかみしめて、声をしぼりだす。


「……俺の、負けだ」


 そうして私は魔王をたおし、国に平和が訪れた――



 ――はずなのに。


「そんじゃあ先に飲みもの頼んじゃおっかー、俺らはビールでいいよな?」

「いいぞー」

「俺もそれで」


 いったいどうして。


「オッケー。女の子たちはどーする?」

「私も最初はビールにしようかなー。リンディとツバキはなににする?」

「あ、えと……私はカシスオレンジで」


 どうしてこうなった。


「リンディ?」


 どうして私の目の前に……


「おーい。リンディってばー」


 たおしたはずの魔王がいるの!?


「ちょっとー、聞いてる?」

「えっ? あ、ごめん。なんだっけ」

「飲みもの。どーする?」

「あっ、じゃあ私も同じやつで」


 よくわからないまま答えると、ジャスミンが店員を呼ぶ。


「飲みものはすぐくるだろうし、自己紹介は乾杯してからにしようか」

「さんせー」


 着々と場を取り仕切る幹事たち。なるほど、自己紹介の前に飲みものを注文しておく……合コンには流れとか作法のようなものがあるのか。

 いや、だけど今はそんなことより、


「ご、ごめんなさい。私今のうちにお手洗いに」


 席から立ち上がる。同時に目の前に座る黒髪の男に一瞬目配めくばせ。ちょっと来い、と。


「…………」


 返ってくる目線は、2年前の魔王城での戦いを思い出させた。


「――どういうこと?」


 私たちの席よりもさらに奥にあるトイレ前。遅れてソイツがやってくるや否や、私は詰問きつもんした。


「どうして私にたおされたあなたがこの国に……。ま、まさか人間の女の子を人質にして魔王軍復活をもくろんでるんじゃあ……っ」

「んなわけあるかよ。今の俺を見てみろよ。お前にたおされたせいで魔王としての見た目も力も失ったこのみすぼらしい姿をよ」


 たしかに今の魔王は人間の若い男にしか見えない。顔はまあ……上の下、ってところか。いやそうじゃなくて。


「ったく、闇の軍勢を従えてたこの俺が、今や町のバーで働くしがない店員とはな。我ながら笑えてくるぜ」

「じゃあなんでゴ、合コンに参加なんてしてるのよ。おとなしく心を入れかえて働いていればいいでしょ?」

「はあ? 今日はバーによく来る客から頼まれたんだよ。人数合わせのために来てくれねえかってな。ったく、タダでメシが食えると思ったら、女と酒を飲む場だったなんてな……クソ」


 がりがりと黒髪をかく魔王。こいつ、タダメシ目当てで来てたのか。


「ふん、とはいえ魔王が、落ちぶれたものね」

「あ? それをお前が言えるのかよ」

「どういうことよ」

「いーや別に? この俺をたおして世界を救ったあの勇者サマが、まさか合コンに来て男をあさってるなんてなあって思っただけだよ」

「そっ、それはいろいろと事情が」

「しかもなんだ? 頼んだ酒がカシスオレンジって。ずいぶんかわいらしいじゃねーか」

「う、うるさいわね! 負け犬魔王のクセに」


 ぶん殴ってやろうかと思ったけど、なんとかガマンする。

 ここでコイツを元魔王として拘束することもできなくはないだろう。でもそうなったら店中に私が勇者だってことが知れ渡っちゃう。パーティメンバーたるジャスミンに協力をあおうぐことも考えたけど、彼女はコイツが魔王だってことを知らない。知ってるのは直接戦った私だけだ。


 それに、変にトラブルを起こせば合コン自体がなくなってしまう。そうなったらお見合いルート突入だ。それだけは避けなければならない。


「はあ~。こんなことになるなんて……」

「それはこっちのセリフだっつーの。なにが楽しくて勇者と」

「あ、言っとくけどみんなの前では勇者って呼ばないでよ。話がややこしくなるから」

「わかってるよ。俺のことも魔王呼ばわりすんなよ。ここではグラジオって名乗ってるから」

「はいはい」


 それから私たちは時間差をつけて席に戻る。魔王、もといグラジオが先に。少し遅れて私が。


「お待たせしてごめんなさい」

「リンディってば大丈夫?」

「うん、心配かけてごめん。トイレの前で魔お、グラジオさんと会って軽くお話してただけだから」


 ほかにうまい言い訳が思いつかなかった。別にウソじゃないし。お腹くだしてるなんて思われるのもアレだし。


「……ふ~ん」

「な、なに?」

「自己紹介もまだなのに『グラジオさん』だなんて。もう仲良くなっちゃったんだ~」

「なっ」


 にしし、と口元に手を当てるジャスミン。いや違うって! 誤解だって!

 ツバキも『さすがです』みたいな目で見ないで!


「おいおいグラジオ~。合コンに興味なさそうだったのにいきなり抜けがけか~?」

「は、はあ? そんなんじゃねえって」

「よーし! じゃあさっそく仲良くなってるやつらもいることだし、乾杯して自己紹介といきますか!」

「そうしよー!」


 私のテンションとは裏腹に盛り上がりを見せる他のメンバー。

 と、席に座った私の耳元にジャスミンが口を寄せてくる。


「ねえねえ、リンディ」

「なによ」

「グラジオさん狙いでいくんなら教えてね?」

「はあ?」

「任せて。私、サポートするから」

「それだけはぜっっっったいにないから」

「またまた~照れちゃって~」


 キッパリ否定したのに、ジャスミンは取り合ってくれない。でも事情を説明する余裕なんか今の私にはなくて。


「「「かんぱ~い!」」」

「か、かんぱーい……」


 お酒の入ったグラスを力なく掲げることしかできなかった。

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