第6話-2

「あっ、また魔獣がいる……」

「そうね。でも……」

 道の先、脇の方に魔獣の姿がある。しかしそれには鳥がたかっていて、既に死んでいることが分かった。

「パイソンにブルーベア……またですね」

「みんな死んでる。剣や槍の傷ね……人間の残り香も強くなってきた気がする。水場まではまだ距離があるけど、そろそろ追いつくかも」

「どんな人たちですかね? ギルドを通さないでやってきてるなんて」

「どっかの金持ちがギルドの手数料を渋って私兵にやらせてるとかじゃない? たまにそういうのを聞くけど……ちょっと待って、音がする」

 そう言い、フォルジナさんは耳に手をかざして前方の音に集中した。俺には何も聞こえないが、匂いと一緒でフォルジナさんは嗅覚も鋭敏らしい。

「干戈の音……今まさにやり合っているみたいね」

「魔獣とですか?」

「ええ、何が相手かまでは分からないけど……行きましょう」

「危なくないですか? 流れ矢に当たったりしたら」

「私はそんなの平気だし、ケンタウリの事だったら守ってあげるわよ。さ、行きましょ」

 フォルジナさんはそう言って歩調を速める。俺は遅れないようについていく。

 五分ほど歩くと、風の音の中に微かに物音を感じるようになった。耳を澄ませると金属の打ち合う音や魔獣の吠え声のようなものが聞こえる。戦場は近いらしい。

「見えたわね……一〇……二〇人くらいかしら?」

「はあ、はあ……あれですか」

 俺は息を切らせながら目を凝らす。砂塵ではっきりと見えないが、確かに人影が見えた。大きな青い影は魔獣だろう。多分ブルーベアだ。地面に倒れている者もいるが、それは仕留めた奴のようだった。

「近づいて……大丈夫ですかね」

「もうそろそろ終わりそうだし、いいんじゃない? 付いてきて」

 フォルジナさんに続いて俺もゆっくりと近づいていく。段々戦いの様子がはっきりと見えてくるが、何人かで逃がさないように槍で囲んで、隙を見て剣を持っている人がブルーベアに斬りかかっている。周りにはその他の十数人の戦士がいるが、加勢はせずに戦いの様子を見守っているようだった。

「おおい、そこだ! いけ!」

「何やってる! 右から回り込め!」

「もっと深く踏み込め!」

 風の向こうに男たちの声が聞こえる。どうやら戦っている人に声援を送っているようだ。剣を持っている人は兜で顔が分からないけど、肩で息を切らせて疲れているのが遠目にも分かった。動きにも精彩がない。

 だがそれはブルーベアも同じで、体には何本も矢が刺さっていて、何か所も血で汚れている。かなりの深手のようだ。二本足で立っているが、疲れたように前足を地面につける。

「うおおぉぉ!」

 好機と見たのか一際大きな声が聞こえ、剣を持った戦士がブルーベアに踊りかかる。ブルーベアは反応が遅れ剣の一撃をまともに受ける。立ち上がろうとするがそのまま姿勢を崩し、横になって地面に倒れた。そして周りの槍兵がとどめとばかりに一斉にブルーベアを刺し貫いた。大きな歓声が沸いた。

「終わったみたいねェ……行きましょ」

「はい」

 一抹の不安を覚えながらもフォルジナさんについていく。どんな人たちかは分からないけれど、フォルジナさんがいれば安心だろう。

「こんにちは~ちょっといいかしら?」

「何? 何だ?!」

 戦士の一人が振り返りフォルジナさんに気付く。他の戦士たちも気付いたようだ。

「ちょっとあなたたちに聞きたいんだけど、ひょっとしてジュエルビーストを探してる?」

 突然現れたフォルジナさんの問いに、戦士たちは互いに顔を見合わせて困惑している様子だった。

「……確かに私たちはジュエルビーストを探しているが……何なんだ、君たちは?」

「私たちもジュエルビーストを探してるの。もし目的が一緒なら話し合えないかと思って」

「話し合う……そういうことか。君は先遣隊か? ギルドのクエストで動いているのか?」

「個人よ。私達だけ」

「私達だけ……つまり、君ら二人だけという事か……」

「そうよ」

 フォルジナさんの答えに、戦士たちは小さな笑い声をあげた。

「おいおい、きつい冗談だな。素性を隠したいのかもしれないが、君ら二人で出来る訳ないだろう。本隊はどこだ?」

「本隊も何も、私たち二人だけよ。この足で登ってきた。ジュエルビーストも私が倒す」

 戦士の中から一人フォルジナさんに向かって歩み出る。そして兜の面覆いを上げて素顔を晒す。顎髭の生えた精悍な顔つき。多分リーダーの人だろう。

「本気で言っているのか、君は?」

「本気よ。理由があってジュエルビーストを捕まえたい。でも宝石には興味がないから、それはあげるわ。残った肉と骨が欲しい。もしよかったら協力できないかと思って」

 リーダーっぽい人は後ろの仲間を一度振り返り、そして大きな声で笑い始めた。周りの戦士たちもつられて笑い出す。その様子をフォルジナさんはつまらなそうな顔で見つめていた。

「……いや、すまない。しかし君たち二人でジュエルビーストを……君は魔術師のスキルでも持っているのか?」

「違う。どちらかと言えば戦士系よ」

「ふむ。しかしジュエルビーストはそこら辺の魔獣とは違う。賢く老獪な魔獣だ。君がどれほど自分の腕に自信を持っているのかは知らないが……悪い事は言わない。今の内に引き返すことだな。ここから先に出るのは手ごわい魔獣ばかりだ。ここに来るまでの道は私たちが啓開して安全だったが、ここから先はそうはいかんぞ」

「ブルーベアくらいなら問題なく倒せるわ。私が聞きたいのは、協力するのか、しないのかって事よ」

「協力……それは……」

「協力ってのは同じ戦力と練度でやるもんだ! どこの貴族の娘か知らねえけどな、女子供の出る幕じゃねーんだよ! 死ぬぞ!」

 リーダーの後ろにいた戦士が言った。他の人たちも頷き同意見のようだった。

「口が悪くて済まない。しかし言いたいことはその通りだ。君たちがここから先に進むのを見過ごすことはできない……死ぬと分かっているのに行かせては、夢見が悪いからな」

「自分の命は自分で責任取るわ。いいわ、勝手にやるから。行くわよ、ケンタウリ」

 フォルジナさんは戦士たちを無視して前に進もうとする。だが向こうのリーダーはフォルジナさんの肩を掴んで止めた。

「おい、聞いているのか?! ここから先は危険だと言っているだろう! これまでの比じゃない――」

 警告しようとしたリーダーの人の表情が変わる。何か得体の知れないものに恐怖するかのように――。

「その手を放して。悪意がないのは分かるけど、他人に触られるのは嫌いなのよねェ……」

「き、君は一体……いや、駄目だ。行かせるわけにはいかん!」

「うるさいわねェ……なんなら黙らせてやってもいいのよォ……」

 フォルジナさんの気配が変わるのが俺にさえ分かった。周囲の戦士たちは武器を持つ手に力を込める。まずい、このままだと話がこじれる一方だ!

「あ、あの! すいません!」

 フォルジナさんと相手のリーダーに割り込むように、俺はでかい声で叫ぶように言った。

「後ろをついていかせてもらうのは駄目でしょうか? 邪魔にならないようにするので……それで出来れば、ジュエルビーストの死体を分けてもらえないかな……と」

「死体を……どうするんだ?」

 リーダーが俺の方を睨みながら聞く。死体をどうするって……食べるんだけどそのまんま言ったんじゃ余計怪しまれるよな。

「あ、あの……つまり、色んな素材として使う事が出来るんです。宝石以外の部分も。活用できるので、死体が不要ならもらえないかなと……」

「金になるのか? 聞いたことはないが……そういう事なら、金次第だな」

 リーダーの人はちらりとフォルジナさんの様子を窺う。

「……じゃ、一〇万ダスク一〇万円支払うわ。現金で」

 フォルジナさんが言うと、リーダーの人は少し考えてから答えた。

「ふむ……ただの死体がそんな価値を持つとはな……どうせゴミになるものだ、いいだろう。ジュエルビーストを捕獲した時は、宝石や黄金以外の部分は君たちに譲ろう。それでいいか」

「……ええ、構わないわァ」

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