第4話 恩人と包丁

 フォルジナさんがロックリザードを食べ終えた後、少し休憩してカケーナに向かった。食べ残したロックリザードはフォルジナさんが森の中に投げ捨てた。なんだかロックリザードに申し訳ない気もしたが、他の魔獣がきれいに始末してくれるらしい。再び命に還るのだろう。

 そしてカケーナには日暮れ前に着くことができた。多少軽くなったとはいえ荷物は重く、料理の疲れもあってへとへとだ。でも心には充足感があった。ちゃんと自分のスキルを活かして料理を作れたからだ。俺はフォルジナさんの喜ぶ顔を反芻しながらにやにやしていた。

「ケンタウリ。今日はここの宿に一泊するわ。明後日にはハインエアに発つから、必要なものがあったら揃えておいて。はい、お金」

 町の入り口でそう言われ、お金の入った革袋を渡された。中には銀貨がたくさん入っている。これだけで五十万デクスはありそうだ。大金だった。

「宿屋は……こっち。ここよ。店主は不愛想だけど、静かでいいわ」

 フォルジナさんは宿屋の看板が下がった建物に入る。もうすぐ日暮れだというのに中に灯りはなく薄暗い。

「何人だ……」

 闇の中から声が聞こえた。男のしゃがれた声だ。そして奥からゆっくりと主人らしき男が姿を現す。

「二人よ。一泊でいいわ。食事はいらない」

「二万ダスク。上の……手前から二つ目だ。」

「分かったわ」

 フォルジナさんが支払い、二階に上がっていく。俺も付いて行く。

「水と湯桶は後で持っていく……」

 墓の下から響くような低い声だった。暗いし、なんだかおっかない。でもフォルジナさんは前にも泊ったことあるみたいだし、大丈夫だろう。しかしこんなんで経営は大丈夫なのだろうか。

 部屋に入ると、フォルジナさんはリュックをおろし部屋の隅に放り投げ、ベッドにうつぶせに倒れ込んだ。

「あー疲れたー。歩くの嫌いなのよ、私」

「確かに結構疲れましたね」

 俺も荷物を下ろし、部屋の奥の方のベッドに腰掛ける。荷物を下ろして体が軽い。肩の血流が戻っていくのを感じる。

「じゃあギルドに行って報告してきましょうか。あと、まだ店が開いてるから、もし何か必要なものがあれば買ってきて」

「はい。リュックもボロボロだし調理器具とか調味料もいるから……ちょっと時間がかかりそうです」

「そう。まあいいわ。そこまで急ぐ旅じゃないから、明日でもいいわ。明日もここに泊まって、それで早ければ明後日にはハインエアに行く。遅れるなら遅れてもいいし」

「わかりました。じゃあギルドに行くついでに包丁の研ぎとか調理器具を見てきます」

「そうして」

 しばらくして宿屋の主人が飲み水と湯桶を持ってきた。湯桶は足を洗うためのものだ。しかしこれから出かけるから、使うのは後にしよう。

「じゃあギルドに行きましょうか」

「はい」

 俺は預かった金と革のケースに入れた包丁を持っていく。

 宿の外は人でいっぱいだった。特に何かあるわけではないが、カケーナの夕方から夜にかけて、この通りは人でにぎわっている。飲食店や酒場が並んでおり、屋台も何軒かある。前はこの近くに住んでいたけど、毎日ちょっとしたお祭りみたいなにぎわいだった。それがこの辺の日常。日本では地方都市に住んでいたから、こういう人混みにはまだ慣れない。

 ギルドは町の中心近くにある。ここら辺まで来ると人影もまばらになる。ギルドは……あった。まだ扉も開いている。

 中に入ると人はまばらだった。何人かが椅子に腰かけている。依頼書を見ている人もいた。受付には人がいないが、奥にいるのだろう。

「すいませーん」

「……はーい」

 のそのそと恰幅のいい人が奥から出てくる。

「何かね」

「あの……リザードマンの討伐隊に同行していたんですが……他の人が全員やられちゃって……」

「えっ……あっ! あの討伐隊か!」

 男性は目を丸くして驚く。

「えっ、全員死んだって聞いてたけど、あんた生きてたのか?!」

「はい。俺は料理人で……離れたところにいたので助かりました」

 フォルジナさんのことは、言うとややこしくなりそうなので黙っておくことにした。

「そうかい……運が良かったな。それで……今までどうしてた?」

「とりあえず夜の間は隠れて……朝になってから歩いて戻ってきました」

「そうか。討伐隊がやられたってのはもう報告が来てたが、まさか料理人とはな。名簿になかったから気付かなかったよ。ま、無事で何よりだ」

「はい。ありがとうございます」

 わざわざ俺が報告に来るまでもなかったようだ。

「ただ……」

 男性は眉間にしわを寄せて言った。

「あんたの契約は七日間だろ? それが無くなったから、報酬の前金は返金してもらわないとね」

「返金? そうなんですか?」

 報酬はたいてい後金だが、今回は道具の準備などもあるという事で四割の前金が出た。一日一万ダスクの七日間で七万ダスク。その四割で、きりのいい三万ダスクをもらっていた。それは新しいフライパンやリュックを買う金になってしまったので、手元にはもうない。

「でももう使って無いし……それに討伐隊が中止になったのも俺の責任じゃないですよ」

「でも七日間だろ? 最初の一日分は認めるとしても、残りの六日間分は無しだよ。契約にも七日とある」

「そんな……」

 俺の手持ちの金は雀の涙程度だ。今はフォルジナさんから預かった金があるが、これから払うのは筋違いだ。

 フォルジナさんに借りるしかないのか? そう思っていると、後ろにいたフォルジナさんが前に出てくる。

「その契約書の控え、見せて」

「何だ、あんたは?」

「私は彼の今の雇い主。ほら、見せて」

「ふうん……」

 男性は不承不承と言った様子でフォルジナさんに控えを渡した。フォルジナさんが契約の文言を見ている。

「乙が討伐隊に同行できない事由が発生した場合、乙を除名とする。この場合、契約金は支払わないものとする。既に支払われた場合は、返金は必要ないものとする。そう書いてある。つまり返金はいらないんじゃない?」

「その条項は怪我とかした場合の話だ。治療費代わりに前金は返金不要ってだけで、今回とは状況が違う」

「同じことでしょ? 乙は、彼は討伐隊に同行したくてもできない」

「それは……まあ」

「返金しろって言うなら、じゃあ同行できるように討伐隊を編成できるの?」

「そりゃ無理だが……」

「じゃあ返金する必要はないわね? 同行できない事由に相当するんだから」

 フォルジナさんが契約書の控えを返す。

「むう……」

 男性は額に脂汗を浮かべて唸っていた。やがて、諦めたように息をついた。

「あんたの言うとおりだ。同行できない事由により、彼は除名だ。後金はないが、しかし返金も必要ない」

「本当ですか?!」

 フォルジナさんが俺を見て微笑む。

「良かったわね。じゃ、これでギルドへの報告も済んだし、終りね」

「はい。じゃあ、失礼します」

「ああ、ご苦労さん」

 男性は額の汗をぬぐい、奥の部屋に戻っていった。

 ギルドの外に出て、俺は大きく息をついた。ああ、緊張した。





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