藁人形に五寸釘⑩

「では私たちはこれでお暇しますね。あの藁人形についてはきちんと私の方で供養しますのでご安心ください」

 佐倉は神社の方に視線を一度送ってから岬と共に車に乗り込む。去っていく車を見送りながら、悠季は先ほど見た光景が信じられず、暗い顔の口を噤んでいた。


 藁人形を見つけて悠季は呆然と立ち尽くした。実際にあるかも知れない。そんな風に考えていたはずだが、いざ実際に目の前にするとそんな覚悟は何の意味もなかった。藁人形の脳天に当たる位置に向かって打ち込まれていた五寸釘。その光景に依頼人の三島が重なる。得体の知れない恐怖で寝れていないのか酷いクマに落下時に負傷した頭と左腕。左腕で庇ったおかげで頭の傷は全治2週間程度で済んでいたことを考えれば、もし庇うことができていなかったとしたら……


 足が竦み血の気が引いていく悠季を薫が後ろから支えている中、佐倉は手慣れた様子で岬に指示を出しつつ藁人形と五寸釘を回収していく。あっという間に木には五寸釘で開けられた穴だけが残った。その後、佐倉がぶつぶつと呪文のようなことを唱えて、とりあえずはこれで大丈夫でしょうと呟く。

 悠季の胸は気味の悪さと、恐怖だけが残った。


「大丈夫かい?」

「……はい、ありがとうございます」

 薫から差し出された水のペットボトルを受け取り、キャップを開け口に含む。

「まあ、あまり深く考えないことだね」

「……そうします」

「だがこれで丑の刻参りを行っていたことは間違いないだろう」

「……他の人がやっていた可能性もあるんじゃないんですか?」

「おや、君はあれほどの恨みを抱えた人間が他にもいると思うのかい?」

「それは……」

「丑の刻参りは適した場所に手段さえわかれば誰でもできる。どちらも今じゃネットで調べればごまんと出てくるだろうしね。だが、丑の刻参りはただ漫然と行っただけでは何の意味も持たない。効果もないだろう。どんなことをしてでもその人を不幸にしたいと思う、恨み、怨念が入って初めて丑の刻参りという儀式は完成される」

「……」

 悠季は薫の言葉を頭の中で反芻する。ふと、貴ノ戸神社の方を見やる。日が落ちて暗くなった中、赤色の鳥居だけがぼんやりと浮かびあがり、その先は深い闇に包まれてしまっている。

「さて、顔色も少しはましになったようだし、我々も帰るとしようか」

「はい」

 悠季は頷き、薫から渡されたヘルメットを被り、バイクの後ろにまたがる。


「怖いのなら私にぎゅっとしがみついているといい」

 薫は悠季の手を取って自分の腰の前で組ませる。いつもだったら恥ずかしさから絶対にしないのだが、悠季は言われた通り薫にぎゅっと抱き着く。背中から温かさが伝わってくる。

「……では、行くぞ」

 反論せずしがみつかれた腕に薫はヘルメットの内で一瞬目を開いたが、すぐにいつもの調子になり、エンジンをかけ走り出した。


「ありがとうございました」

「なに、気にすることはない」

 家の前で降ろして貰った悠季は抱き着いていたおかげか、大分今まで通りに戻ってきていた。

「この後は犯人を捜すことになるんですよね?」

「そうだね、容疑者も出ているし、まずは明日そこを攻めていこうと思うが……」

「大丈夫です」

 悠季は薫が口を開くより早く返した。

「そうか、なら明日16時に事務所で。そこからバイクで大学に向かおう」

「わかりました」

「ではまた明日」

「はい……あの、今日はすいませんでした。あと、色々とありがとうございました」

「気にすることはない。私も初めてああいうものに触れた時、同じ様になっていたよ。まあ、あんな情熱的に抱きしめられるとは思っていなかったけどね」

「ちょ、それは!」

 悠季が言い訳を言う前に薫は「おやすみ」と告げてバイクであっという間に走り去っていく。行き場のない感情に思わず叫び出しそうになる。実際は近所迷惑になるのでやらないが。結局、「はぁ」と大きなため息をつくにとどまった。


 明日、あのおぞましい光景を作った人に会いに行く。もちろん恐怖もあったが、その中に幾ばくかの好奇心も出てきている。


 佐藤野々花。一体どんな人物なんだろうか。今知り得ている情報は三島のサークルの後輩であると言うことぐらい。

 そもそも彼女が犯人なのか。考え出したらキリが無くなってくる。


「さむっ」

 冷たい風が悠季を撫で体が竦みあがる。空は分厚い灰色の雲が一面を覆い尽くしている。まだ全容が明らかになっていないこの事件と同じ様に。

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