藁人形に五寸釘⑤

「ただいま」


 薫との夕食を終えて、悠季は家の鍵を開け小さく呟いた。玄関の電気をつけ、洗面所に向かい手を洗う。洗面台を流れる水の音が鮮明に聞こえてくるぐらい、家の中は静かだった。


 悠季は手早くシャワーを済ませ、ジャージに着替え居間に向かった。イグサの香りが微かにする部屋の真ん中には足の低いテーブルがあり、両サイドに二つずつ座布団が敷かれている。悠季はその横を抜けて角に置かれた仏壇の前で座った。


「じいちゃん、ただいま」

 悠季は線香に火をつけ手を合わせる。仏壇に置かれている写真には仏頂面の祖父が写っている。見た目通り厳しいが、同時に非常に優しい人でもあった。


 祖父が亡くなったのは3年前になる。日本人の死因1位とも言われる病気によってだった。

『悠季、ばあさんと店の事、頼んだぞ』

 祖父との最後の日の光景を悠季は今でも鮮明に覚えている。


 悠季はそっと目を開けて、入ってきた方とは反対側にある障子を開ける。そこには天井ぎりぎりまである本棚がいくつも並んでいた。


 祖母の家は1階の半分が古書店になっている。祖父と祖母が始めた店であり、悠季にとっても思い出深い場所だ。悠季はレジの横に置いているはたきを手に取ると、店の中を見て回る。本の上に乗っている埃をはたきで落とし、陳列を整える。高いところは脚立を持ってきて対応する。小さな店だが細かく確認していくと小一時間はかかる大変な作業だが、悠季はそれを毎日黙々と続けている。それは小さい頃からお世話になったせめてものお礼だと思っているのだ。


 悠季は今でこそ健康だが、小さい頃は体が弱く、また両親を事故で亡くし、祖父母の住むこの家に引っ越すことにもなって塞ぎがちな生活をしていた。そんな子が近場に数多くある本の世界に引き込まれるのは当然の摂理だったのかもしれない。

『学校を休むのは構わん、だが、その代わりここにある本を読むようにしなさい』

 祖父のそんな言葉も後押しになっていた。


 悠季は毎日のようにレジ横のお店と居間の間に腰かけ、本を読むようになった。ジャンルは問わず、気の向くままに手あたり次第。わからない言葉は祖母や祖父に尋ねては読み進めた。そんなことを繰り返していくうちに、近所で難しい本を読んでいる小さな子がいると話題になり、近所の人たちが話しかけてくれるようになった。

『悠季君お菓子食べるかい?』

『悠季、今日はどんな本を読んでるんだ、面白そうなのおじさんに教えてくれ』

 片田舎であったから、悠季の境遇を近所の人はある程度知っていて、優しく見守ってくれていたのだ。そのおかげで悠季は少しずつ立ち直り、今の生活を送れるようになっていた。


『あれ実はお父さんがお願いしていたのよ』

 祖父が亡くなった後、祖母がそう悠季に笑いながら教えてくれた。最も、後半はうちの孫はこんな難しい本を読んでいるんだと、親ばかならぬ孫ばかのような話だったらしいが。


「こんなもんか」

 悠季は少し綺麗になった店内を満足げに眺める。元が古いから限度はあるが、それでも小綺麗にしておくのとそうじゃないとではイメージが大分違う。

 今はこういったできることをコツコツとやっていくしかない。


「ふぁぁ」

 悠季は欠伸を噛み殺す。時計を見ると今時の高校生が寝るにはやや早い時間だが、ハードスケジュールだったことを考えれば仕方がない。


「寝るか」

 明日の放課後から調査を始めなければならないし、休めるうちに休んだ方がいいだろう。


 悠季はベッドに寝転がりながら検索エンジンで調べた結果の画面をスクロールしていく。検索ワードは『丑の刻参り』。意外とヒットする件数は多く、予測ワード欄も『作法』やら『方法』など実際に行うために検索している人が存在していることを窺わせる。


 しかし、呪いで人を祟ることができるのだろうか? だが、今日来た依頼人は怪我をしていた。それに『丑の刻参り』を検索していたという容疑者。冷静に考えるとなんだが情報が集まりすぎている様な気もしないでもない。都合よく行き過ぎてるのだ。


 人間はそもそも思い込んでしまうと、関連しそうな事柄を実際に関係なかったとしても繋げて考えてしまう傾向がある。今回のケースもその可能性があるのかもしれない。


「まあ、どのみち明日にはわかるか」

 悠季はスマホを置くとゆっくりと瞳を閉じた。

 

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