『死神と少女』(6)

亜矢は思わず反射的にグリアから離れ、ベッドの上に乗り避難した。

グリアは立ち上がり、自分もベッドの上へと乗り出す。


「心臓に力を送り込むには口移しが一番なんだよ」

「い、いやっ!何であたしがあんたなんかとッ…!!」

「生き延びたくねえのか?」

「あんたなんかとするくらいなら、死んだ方がマシ…!!」


そう言った瞬間だった。


ズキン……!!


心臓に何か大きな衝撃が走り、亜矢はガクっと体勢を崩した。


「………な、なに…………?」


胸を押さえる亜矢。息苦しく、呼吸も荒くなる。

グリアは冷静に、冷たくも見えるその瞳で亜矢を見下した。


「ホラ、電池切れだ」

「う…………」


苦しさのあまり、声が出ない。

自然と、目の端に涙が浮かぶ。


「そのままだとあんた、本当に死ぬぜ」


それでもグリアを見上げ、抵抗の意志を示す。

もちろん、死にたくはない。

でも、コイツの言いなりにもなりたくない。

亜矢のそんな意地と、生きる事への執着心が葛藤している。

どうする事もできない。苦しい。


「たす………けて」

「!」


グリアは目を見開いた。


「助…け………て……」


それは、グリアに向けて言われた言葉ではないだろうし、命乞いでもない。

ただ、苦しさのあまりに漏れた言葉。

亜矢が苦しむ姿を見ていられなくなったのか。

亜矢の言葉が、再び死神を動かした。

グリアは亜矢の身体を抱きかかえると、亜矢に向かって言い聞かせる。


「オレ様が生かしてやるって言ってるんだ、悪いようにはしねえ」


それは、今までにない、優しさを含んだような…。

片手で亜矢の身体を支え、もう一つの片手を亜矢の頭の後ろに回し固定する。


「少しぐらい我慢しな」


そのグリアの言葉を聞き、亜矢は細めていた瞳を完全に閉じた。

このまま目を閉じてしまえば、待っているものは死か、それとも——?

唇に触れた、何かの感触。

それと同時に、暖かい何かの力が注ぎ込まれていくのが感じられた。

その力は体内を巡り、ちょうど胸の辺で集結されていく。

何か、とても心地よい暖かさに思えた。

気が付けば、苦しさも全くなくなっていた。

心地よい眠りから覚めるようにそっと目を開ける亜矢。

だが、目の前にあったものは———

綺麗すぎる、『アイツ』の顔だった。


「きゃあぁああ〜〜ッ!!」


ドガッ!!


「でっ!!」


亜矢は片足で思いっきりグリアを蹴り飛ばし、ベッドがら落とした。


「て、テメエ!!人がせっかく力を注いで…!!」

「何するのよっ!!この変態ーー!!」

「24時間に1回の事くらい我慢しろよな!」

「何よそれっ!?何であたしが好きでもない男と毎日キスしなきゃなんないのよ!冗談じゃない!」

「キスとは言ってねえよ、口移しだ」

「同じ事よ、バカッッ!!」


はぁ、はぁと息を切らして、ひとまず息継ぎをする。

でも確かに、亜矢はこの死神に生かしてもらっているのだ。


「一生、ずっとこのままなんてごめんだわ。他に方法はないわけ?」


グリアはニヤっと笑った。


「ない訳でもねえが……その為には最大級の力を注ぎ込まなきゃな。その方法、知りてえか?」


亜矢の全身を舐めるようにして見るグリアに、亜矢はゾっとした。


「いい、知りたくないわ……」


これから先の事を思うと、気が重くなる。

グリアは再び、偉そうにあぐらをかいて床に座り直した。


「とりあえず、メシ作れ」

「な、何であたしが…!!早く帰ってよ!」

「いいから作れよ。命の代償に思えば安いものだろ」


もはやこれは完全に脅迫。

こうしてこの死神は、亜矢の部屋でしっかりと夕飯を食べていった。







死神に生かされた少女。

そして、これから再び始まる日常には、今までにいなかったはずの人が存在する。

死神グリア。

断ち切れない、命の絆。

それは、一人の人間の少女を手に入れる為の、

死神の最終手段なのかもしれない。

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