僕と先輩と、魔王と口裂け女の怪異録。 あと、人面犬

まさふみ

怪異研究部

プロローグ

 夕焼けチャイムが空に鳴り響く。 気づけば時刻は四時を回っていた。

周囲が夕陽によってオレンジ色に照らされているのを見ながら、一人の少年がは築三十年は経っているだろうかという古い雑居ビルの階段を上っていた。 駅前の繁華街から少し離れたこの場所は、とうの昔に閉店した店が並ぶシャッター通りがあるばかりで人通りも極めて少ない。


「・・・・・・結局来てしまった」

 

ビルの四階、「魔王退魔相談所」と書かれた扉の前で少年は大きなため息をついた。 名前だけでこれほど胡散臭いと感じる場所に、まさか自分が本気で足を運ぶ事になろうとは、あの時は思いもしなかった。


「入りたくないなぁ」


しかし、そう言ってばかりもいられない。 何しろ今は非常事態だ、藁にも縋りたい思いなのだ。例えどれだけ胡散臭い相手でも、この状況を打破してくれる可能性があるならば、会わなくちゃいけない。


「よし・・・・・・」


少年は一度大きく深呼吸をすると、ドアの横に備え付けられたインターホンを押した。

『はーい? どちら様でしょうか?』

受付らしき女性の声がする。


「あの・・・・・・電話予約していた筆上ふでがみですけど。」

『ああー、はいはい! お待ちしていました。 どうぞ中へ!』


 少年の名は筆上零ふでがみれい。 とある事情からこの胡散臭い事務所を訪れた。


 零はは扉を開き、中に足を踏みいれる。


「筆上様ですね! どうぞこちらへ!」

 

スーツを着た若い女性が丁寧に案内してくれる。先ほどインターホンに出てくれた女性だろう。 黒髪のロングヘアーに整った顔立ち、一目で美人だとわかる・・・・・・のだが、鼻から下をマスクで覆っているので顔全体を見ることは出来ない。 室内を見渡してみるが、この女性以外にスタッフらしき人物は誰一人見当たらない。


「どうぞ、ここにお掛けになってお待ち下さいねー。 すぐに所長をお呼びしますから」

 

 女性はソファーに腰掛けた零にお茶を出すと、そのまま奥へと消えていく。


「退魔相談所か・・・・・・」


 名前からしてもっとヘンテコな場所を想像していたが、今の所普通の事務所に見える。対応してくれた女性も怪しいところは無い。 思っていたよりはまともそうだ、ほっと一息つきながら、出されたお茶を湯のみから啜る。 温度も味の濃さも絶妙なとても美味しいお茶だ。


「ちょっと! もうちょいシャキっとしなさいよ! お客さんの前で位ちゃんとしなさいよ!」

「わーかったってば・・・・・・あんまり耳元でがなり立てるんじゃねーよ・・・・・・二日酔いの頭に響くだろーが」

「中々依頼人が来ないからって毎日酒ばかりのんでるからでしょーが!」

 

 部屋の奥から先ほどの女性と、所長らしき男性の言い争う声が聞こえ、パカンと何かで頭を叩くような音が聞こえた後にうぎゃああと男の悲鳴があがる。 前言撤回である。 例の脳裏に不安がよぎる。


「あー、お待たせしてすいませんねー、いつつつ・・・・・・」

 

 頭痛が酷いのか、頭を押さえながら所長らしき男性が姿を見せた。

 

  が、その姿を見て零は目を見張った。


 所長と呼ばれていたその男は肌が紫色なのだ。それだけじゃない、頭部左右から日本の角のような物が生えているし、耳の形も通常とは異なる。 長くて先っぽが尖っている所謂「エルフ耳」と呼ばれている形に近い。


「えっと・・・・・・」

 

 ゲームのキャラのコスプレだろうか?と、零は可能な限り前向きに考えた。 だが、それにしては角の質感がリアル過ぎる。 


「うーん、やっぱり驚くかぁ」

「あの・・・・・・失礼かもしれませんけど・・・・・コスプレですか?」

「いや、本物」

「・・・・・・」

「ちょっと、何やってんのよ! お客さんが引いてるじゃないの!」


 動揺する零を見て、隣に立っていたマスクの女性が肘で所長を小突く。


「んな事言ったってしょうないだろうが。 本当の事なんだからよ。」

「そこはコスプレって事にしときゃいいでしょうが! こんな時位ちっとは気を利かせなさいよ!」

「んな事言ったって俺魔王だし! そりゃ角くらい生えてるし!」

「うるせー! お客さんの前でゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぇぇぇぇ!」

「うげぇぇぇぇぇ! 折れる! 折れる!」

 

 マスクの女性が自称魔王の所長に腕ひしぎ逆十時固めを決める。 所長が悲鳴を上げながら何度も腕をタップしている。

 湯飲みを持ちながら硬直している零に気づいたのか、女性の方が慌てて技を解いてコホンと咳払いをする。


「オ・・・・・・オホホ・・・・・。 みっともない所を見せて申し訳ありません。 お茶のお代わりをお持ちしますね!」

「い・・・・・・いえ、お構いなく・・・・・・」

 

帰りたい。 一刻も早く帰りたい。 零がそう心の中で呟いた直後の事だった。


「隙有りィ!」


 コスプレ姿の自称魔王の所長が起き上がり、女性のマスクを引き剥がす。


「あっ!」

「え・・・・・・?」


 マスクを奪われて露になった女性の口元を見た瞬間、零の背筋が凍りついた。

 女性の口の両端が耳元まで裂けている。 その姿はまるで・・・・・・。


「く・・・・・・口裂け女・・・・・・?」

「お・・・・・・オホホホ・・・・・・リアルでしょう? これもコスプレなんですの! 私達コスプレが趣味でして・・・・・・」

「いや、本物じゃん、お前」

「うるせぇぇぇぇ! お客の前で余計な事言ってんじゃねぇぇぇぇ!」


  口裂け女が何時に間にか包丁を取り出し、所長の口に突っ込もうとしていた。


「おい、やめろ! それはマジで洒落になんねーだろか!」

「やかましい! ちょっとは痛い目見て学習しろぉぉぉぉ!」

「あばばばば! 止めて! マジ止めて! あ、口の中ちょっと切れてる! 鉄の味がする!」

 

 自称魔王と口裂け女の喧嘩を見ながら、零の思考は完全に停止していた。 一体何なんだ、ここは。 何なんだこの二人は?


「心配するな、いつもの事さ」

 

 不意に零の耳に落ち着いた男性の声が届いた。 だが、見る限り室内にいるのは零を含めた3人だけだ。 今の声は一体どこから・・・・・・?


「下だ、下を見ろ坊や」


 下・・・・・・? 声の通りに零は視線を床の方に向けた。


 そこには声の主であろう男が居た。 まるで俳優の様に整った顔立ちをした、口元には髭を生やした40歳ほどのワイルドな中年男性だ。 男なら誰もが「将来こんな風に年を取りたいなぁ」と思うだろう。 そう、ただ一点を除けば。


「あ・・・・・・あ・・・・・・」

 

 その男は顔は人間だが、それ以外の体は犬だった。 更に厳密に言うと柴犬だ。


「坊や、犬派か? 猫派か?」

その瞬間、零の思考は完全に止めを刺された。 目の前が真っ暗になりその場で倒れこむ。


「あ、おい見ろ! ひっくり返ったぞ! 俺の口に包丁突っ込んでる場合じゃねーぞ!」

「やだ大変! ちょっとお客様ー!」

「おい、坊や、大丈夫か?」

 

 零の意識はゆっくりと遠ざかっていった。

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